2月20日、今年の全仕込みが終了しました。そこで、その日の夕方ささやかながら「甑倒しの祝い」をしました。甑倒しとは「今年の蒸米を全て終えた甑を倒す」ことで、もう今年は酒を造ることはないという意味で、蔵にとってはひとつの区切りです。事故無くここまで来れたことに感謝して乾杯!となりました。
とはいえ、ここで全ての作業が済んだ訳ではなく、醪の管理や上槽は続きます。特に大吟醸や純米大吟醸など、「袋吊り」という特別な搾り方をしなければならないものも残っています。仕込みが終わっても、まだまだ気が抜けそうにもありません。
ある朝、杜氏のおじぃ、失礼!おやっさんが「おい、昨日の夜、風呂場のほうでガタガタ音がするから見にいったら、いたちみたいな動物がピューっと飛んでいったぞ!」と興奮気味に話ました。その時は「猫の見間違いじゃない?」と信用しませんでしたが、その後も何度か見たというので、詳しく聞いてみました。その生物の特徴は、「猫くらいの大きさで、いたちのように長細く、外人みたいな色(金髪ってこと?)をしていた」といいます。絶対に猫ではないというおやっさんの話を総合してみると、どうやら「テン」のようです。
「ウイスキーキャットみたいだ!」そう思いました。スコットランドのウイスキー工場では、原料の大麦を食べるネズミ退治に猫を飼うといいます。毎年、酒造りが始まると、米を目当てにネズミ(ハツカネズミくらいの大きさ)が出没するようになり、私達の頭を悩ませます。もしテンがそれを狙って住み着いてくれたとしたら、テンに感謝しなければなりません。また、蔵の土壁などの隙間にカエルやヤモリなども冬眠しているうえに、雨風もしのげる。うまいところを狙ったものです。言われてみれば今年は、今までよりネズミに米袋をかじられることが少なかったような気が・・・。私も一度見てみたいと思っていたのですが、今年はそのチャンスはなさそうです。
いずれにせよ、そんな野生動物がこの蔵の中を夜な夜なウロウロしている・・・。やっぱり「綾部恐るべし!」です。
もちろん帰りはタクシーで。Stop飲酒運転!です。
甑倒しを迎えた蔵は後片付けや貯蔵の準備で、まだまだ静けさを取り戻す気配はありません。ただし、仕込み蔵だけは静かで、醪が発酵を続けています。日に何度となく上からのぞく時、櫂入れをする時「何をしたら喜ぶだろう?」「どうしたら良い子に育ってくれるだろう?」と自分の子供のように考えます。
子供といえば、うちのウルトラマンメビウス君は相変わらず1日に何回もウルトラマンのDVDやビデオを見て、すっかりメビウスになった気でいます(なりきってしまうのは私に似たのか?)。また、最近ウルトラマンエースの変身ポーズを覚えた娘を「エース兄さん!」(おいおい、君の妹だろ)と呼び、「一緒に怪獣を倒しましょう!」などと言ってはお母さんヤプール(ダダ→ヤプール人へ昇格)と闘っています。お母さんヤプールに負けそうになると、お父さんタロウの出番なんですけどね。大きくなっても力を合わせるんだぞ。兄妹!
話は横にそれましたが、甑倒しの数日後、これまでほとんど休みなしで酒造りをしていただいたおやっさんに休暇を取ってもらい、ゆっくりしてもらうことになりました。そして、その間私が管理・その他の全てをすることになりました。醪の温度管理が主ですが、温度管理は香りや味に影響を与える重要なことです。失敗は許されません。今までにも1〜2日なら経験はありますが、その時とは管理するタンクの本数も状態も違います。
はっきり言って不安でした。なぜなら私には「経験」という大事なものが、決定的に足りないのです。頭では理解していても、万が一のときに頼れるのは「経験」です。口では「まかせとけぃ!おじぃはゆっくり休んでな」と威勢のいいことを言っていましたが、「それじゃ、よろしく」と笑顔で車に乗り込むおやっさんを暗い気持ちで見送ったのは事実です。
家に帰ると、今日もまたウルトラマンのCDがかかっており、息子が大きな声で歌っていました。私も息子と一緒に歌いました。私が知っている、ウルトラマンからウルトラマン80までを二人で歌いました。
次の日の朝、まだ暗い仕込み蔵の中で私の頭には、昨日息子が教えてくれた曲が、何度も何度も鳴り響いていました。
ウルトラの父が授けた 勇気を胸に行くぞタロウ ウルトラの母が贈った 愛を心に翔ぶんだタロウ
少年時代に憧れた 宇宙戦士のときは今 待ち受ける幾多の冒険も 愛と勇気で越えて行け
(以下略)
「愛の戦士タロウ」より
私の両親はこんなにカッコよくはないですが・・・
「誰がやるんじゃない、俺がやらなければ始まらないんだ。自分にとっても、会社にとってもこれは最初の冒険なんだ。」
朝日が窓から差し込む頃、そんなポジティブな気持ちになった私は、みんなが出社してくるころにはすっかり杜氏気取り(やっぱり息子は私に似たんだ!)で蔵の中を胸を張って歩いていました。