蔵元便り 10月

もうすぐ酒造りスタート

 10月に入り、夏の間ひっそりとしていた蔵の中は掃除や機械の準備に追われる私たちで賑やかです。1年って早いものですね。
 毎年この時期は「今年も美味しいお酒を造ってやろう」というポジティブな気持ちと、製造計画や米の割り振りなどで頭を使い、「もうカンベンしてくれ」というものすごいネガティブな気持ちが入り混る時です。
 もともと勉強が嫌い(というよりも机でじっとしていることが耐えられない)な私にとって、長時間書類に向き合っていなければならないことは「苦痛」以外の何者でもありません。ただ、勉強と違い、私にその作業をさせているのは「美味しいものを造りたい」そして「綾小町を飲んでくれた人の笑顔が見たい」という気持ちです。美味しいものを口にすれば誰だって笑顔になります。私はそんな笑顔をもっともっと増やしたいと思っています。
 子供の頃憧れた正義のヒーローは、みんなの笑顔を守るために戦いました。私には「みんなの笑顔を守る」なんて大それたことはできないけれど、「笑顔をつくる」ことなら少しはできます。これから始まる半年間の長い長い酒造り、あーだこーだ言いながらも、結局最後までやりきることができるのは、ヒーローになれなかった私の「みんなの笑顔を見たい」というせめてもの意地です。

仲間達の想い

 10月最初の土曜日は子供たちが通う幼稚園の運動会でした。息子は最後の、娘は最初の運動会ですから二人とも気合が入り、特に息子はクラス対抗リレーに燃えているようでした。
 当日は、未明まで降り続いた雨がウソのように止み、絶好の運動会日和となりました。普段の姿は何なんだと思う程、早起きして、キビキビと身支度を整える二人。うれしさがこちらにも伝わってくるようでした。
 運動会に向かう道中、私は息子と約束をしました。

 「どんなことでもウルトラマンのように正々堂々と立ち向かうこと。ウルトラマンダイナのようにダイナミックに自分を表現すること。ウルトラマンメビウスとGUYS(地球防衛チーム)のみんなのように最後の最後まで絶対に諦めずに力を合わせること。」

 息子は「はいっ!」と大きな声で返事をしました。
 競技が始まり、いよいよ息子たちのリレーの番です。チビッ子たちがやるとはいえリレーは運動会での花形競技です。運動会を見に来ているみんなの注目が集まります。
 子供たちが入場してきました。よく見ると息子は先頭を歩いています。「へぇ〜、第一走者なんだ。転ばなきゃいいけどな。」などと思っていました。が、スタートし、転ぶことなく無難に第二走者へバトンを渡そうとしたとき、大変なアクシデントが起こってしまいました。そうです、バトンは相手に渡ることなく落ちたのです。すぐさま拾って第二走者は走り始めましたが、先頭とは約半周の差をつけられていました。「落ち込んでしまっただろうか?」と息子の顔を見ましたが、そんな素振りは微塵もみせていません。それどころか、彼の目は走る前以上に真剣で、走っている子を大きな声で応援していました。また、クラスのみんなはミスをした息子のことを誰も責めることなく「自分にできること」=「誰よりも速く走ること」に集中している様子は、その場全体にとても清清しい空気を与えてくれました。
 リレーも終盤、奇跡のような光景を見ました。息子たちのクラスが半周差をひっくり返し、トップになったのです。そして息子は先生から何かを受け取っていました。最終走者の襷でした。「そんな上手くできた話ってあるかい?」妻と二人で顔を見合わせて笑ってしまいました。最下位に落ちる原因をつくった息子が、みんなの力で成し遂げつつある奇跡の最後を飾るとは・・・。
 最後はみんなが作ってくれたリードをそのまま守って1位でゴール。喜びを爆発させる子供たち。大げさかもしれませんがその光景は過酷な耐久レース「ル マン24時間」のゴールシーンのようでした。アクシデントを乗り越え、互いに励ましあい、逆境を跳ね返そうとする様はまさに耐久レースのように見えたのです。そして2位には練習では最下位にしかなったことがないクラスが入りました。一番大事なところで最高の結果を出す彼らの心の強さもまた、私を感動させてくれました。
 夕飯を食べながら
 「今日は良かったね、お父さんは感激したよ。バトンを落としたのは残念だったけど、ウルトラマンは言っただろ。「ウルトラマンは神ではない」って。誰だって神様じゃないんだからミスをすることがある。でも、大事なのはその後なんだ。クラスのみんなは怒ることも無く、キミの失敗をみんなで力を合わせて取り戻してくれた。「負ける」ことを誰かのせいにしようとするんじゃなくて、みんなは最後の最後まで「勝つ」って信じて戦った。だから1位になれたんだ。今日みんなで感じたことを、ずっとずっと忘れないでいて。ピンチになったら思い出すんだ、「諦めたら絶対に勝てない」ってことを。」
 息子は
 「うん、お父さんが朝言ってたことが分かったような気がする。ギリギリまで頑張ったから勝てたんだよね。じゃあボクはウルトラマンガイアだ!(主題歌にそんな歌詞があるので勝手に解釈したらしい)」

 あのね、坊ちゃん。ピンチの連続でも頑張ったのはクラスのみんなだ。だからガイアはみんなで、そのピンチを呼んだキミはどっちかって言うと怪獣なんじゃないのかい?
 そう思いましたが、息子も頑張ったのは間違いないこと。娘のかわいい姿も見られたし、今日のところはそれでよしとするか。

 今日は「中秋の名月」だったことを思い出しベランダに出ると、まん丸のお月様がきれいに光っていました。夜空を眺めながらあそこまで強固な一体感を作り上げた子供たちと先生に心の中でもう一度拍手を送り、息子に強運を与えてくれた神様に感謝し、無限の宇宙のどこかにある(と息子が信じる)光の国に「子供たちの心は光り輝いている。子供たちの未来は明るいよ。」と報告をして、部屋に戻りました。