蔵元便り  12月

新酒 できました!

 昼と夜の温度差も大きくなり、明け方に濃い霧が発生することが多くなりました。季節はもう冬です。年内の仕込を終えた蔵には、じっくりと発酵を続ける醪が入ったタンクが並んでいます。
 そんな中、待ちに待った今年の初搾りを済ますことができました。毎年の事ながら、このときだけは特別で、それまでの苦労や疲れを忘れさせてくれるほど嬉しいものです。今まで白く濁った「醪」だったものが、透き通った「清酒」として生まれてくる瞬間です。ついつい胸が熱くなってしまいます。
 今年もやわらかな良いお酒になってくれました。杜氏のおやっさんを始め、酒造りに関わったみんなに感謝です。

強くて優しい・・・
 カレンダーが最後の1枚、12月なったとたん我が家では、息子がそわそわし始めました。「もうすぐ公開だよ。」が口ぐせになり、ウルトラ映画の最新作を待ちわびています。この冬、日本中のウルトラファン親子がセブンとゼロになるんでしょうね。
 「醪に音楽を聴かせると良いお酒になる」と聞いたことがあります。音が伝わる際の振動が酵母の活動に影響を与えるらしいということで、今年はちょっとした実験をしてみました。でも結果については正直なところ半信半疑で、主な目的は「だだっ広くて、結構音が反響する蔵の中で音楽を聴いてみたい」というのが本音でしたが。
 いざ選曲となると、これが結構悩みました。「やっぱりクラシックなのかな?」「いやいや、あれだけ人を惹きつけるんだからビートルズだろう」などとCDラックとにらめっこすること数時間、ついつい息子に聞いてしまいました。
 「お酒に音楽聴かせたいんだけど、何がいいかな?」
 息子が即座に指差したのは「ウルトラマン オン ブラス」というウルトラマンの主題歌をブラスバンドで演奏したものでした。
 「お父さん、セブンがいいよ。きっとセブンのような強くて優しい正義の味(?)がするお酒になるよ。」
 「なるほどな。確かにセブンってフラフラになっても立ち上がって、怪獣を倒したもんな。いいかも知れないな。」(←完全なアホ親子)

 夕飯時、相変わらずデフレだなんだと報道するニュースを見ながら、「ああ、ボクもフラフラだな。」などと毎日の仕込みの忙しさのせいか、楽天家の私でさえそんな弱気な気持ちになりました。先日、大学時代の親友(横浜と藤沢でお蕎麦屋さんをやっています。うちのお酒も扱ってもらっています。詳しくはこちら)と電話で話したときも、お互い出るのは愚痴と、先の見えない事への不安ばかりでした。私たちだけではなく、不景気が続く今、周りを見渡せばフラフラになっている人たちはたくさんいます。そのフラフラのみんなが当てにしていた人たちは、手のひらを返したようなことを言い始め、すぐにでも楽になるのかと期待していたのに、みんなのフラフラのゲージは上がるばかりです。自分が立ち上がるのはいつなのか、いや、立ち上がることができるのかさえも分かるような状態ではありません。その晩は、半ばやけっぱち気味で晩酌したせいか足下までフラフラでした。

 次の朝、息子のアドバイスを聞き入れ、早速聴かせて(というか聴いて)みました。蔵の中で大音量で響くウルトラセブン。あの有名な出だし部分では思わず背中がゾクゾクし、目頭は熱くなり、まるでテレビにかじりつくようにして再放送を見た、子供の頃のあの感動がよみがえってくるようでした。
 「キミたちを美味しくして、その味を今以上にみんなに知ってもらうこと。それがボクのフラフラゲージを減らすことになるんだよな。強く、優しくなってくれ。」
 タンクの縁で頬杖ついて醪を見ていた私の頭の中では、ある映像がはっきり見えていました。長い戦いを終え、明けの明星が輝くとき、ゆっくりと立ち上がり、光の国に帰るウルトラセブン。最終回の有名な部分です。
 「今、どんなにフラフラでも、戦い続けたら出口は見える、必ず立ち上がれるさ。ボクは子供の頃何度も見ているじゃないか。それを彼らは教えてくれたじゃないか。」

 息子の最近のお気に入りのフレーズは、「ウルトラマンゼロ!セブンの息子だ!」です。映画の予告編で、ゼロ自らが名乗りを上げるシーンがあったからです。世の中のフラフラなお父さん、まだまだゲージは上がるばかりですが、一緒に戦い続けましょう。ボクらがフラフラな姿は、自分ではカッコ悪いと思うかもしれないけれど、子供たちはきっと見てくれています。いつか必ずイイことありますよ。それぞれの「明けの明星」をみつけ、本来の自分の居場所に戻れる日はきっと来ます。
 私は信じています。「オレはセブンの息子、ゼロだ!」って息子が胸を張って名乗りを上げてくれることを。そしてPrettyな娘がCureしてくれることを。

 こうして出来上がった今年の新酒、息子は「セブンの香り(?)だ!(味見はできないからね)」と評しました。実験の結果ははっきりしませんでしたが、相変わらず幼稚な私を励ましてくれた、冬木透氏作曲の名曲を聴いた醪は香りの良い、まろやかなお酒になりました。そして私と息子にとってその味は「強くて優しい正義の味」となりました。











たれ口。このときばかりは、垂れてくる新酒の勢いに負けないくらい涙が出ます。

出番を待つ醪たち