蔵元便り  4月

今日からキミはウルトラマン

 暖かい日差しが感じられたかと思えば、冷たい雨の日が続くといった、春なのか冬なのか分からない日々が続きました。そんな中でも我が家では、つい先日無事に小学校入学したばかりの息子が思い切り季節感を感じさせてくれています。大きなランドセルを背負って、楽しそうに登校する彼らを見ていると、ついつい「がんばれ!」と声をかけたくなります。
 
 入学式の日のことです。式も終わり、家に帰ってきた息子とくだらない話をしている最中に話は反れ、あらぬ方向へ向かってしまいました。何度も彼の席順が真ん中の一番前、つまり先生の真ん前になったことを思い出して吹き出しそうになるのをこらえながら、でも真面目に話しました。

 「今日からキミはウルトラマンだ。」
 ウルトラマンメビウスの第一話で、地球に向かうメビウスにウルトラの父がかけた言葉です。
 息子は
 「は?ボクがウルトラマン?」
 「そうだよ、今日からみんなのウルトラマン目指してがんばって。」
 「でも、学校には悪い怪獣も、宇宙人もいないよ。」
 「ううん、いるよ。『不安』とか『一人ぼっち』っていう怪獣や、みんなでよってたかって一人を攻撃する、ヤプールのようにずる賢く、汚い手を使う悪魔のような『イジメ』っていう宇宙人がね。」
 「でも、何でボクがウルトラマンなの?」
 「よーく思いだしてごらん。キミは前に一度ウルトラマンになったことがあるはずさ。」

 息子が4歳児になった時でした。別の幼稚園から息子と同い年の子が転入してきました。彼はなかなか新しい環境に馴染めず、帰りたくて泣いてしまうこともあったようです。そんななか、唯一友達になったのが息子で、朝など「帰りたい。」と泣き止まない彼のために、先生が息子が来るのを外に出て待っていることもあったようです。あの大親友との別れの直後で、自分だって寂しかったはずなのに、他の子の事を考えてあげられる息子を褒めたことがありました。

 「あの時さ、あの子は一人ぼっちで寂しかったから泣いていたんだろ。でもキミがいれば笑って、みんなとも遊べたんだろ。あの時、きっとあの子は幼稚園でキミのことを、まるでヒーローのように力強く感じて、すごく嬉しかったんだと思うな。あの子はキミの力を借りて、心の中の『一人ぼっち』っていう怪獣をやっつけたんだ。だからキミは間違いなくウルトラマンだったはずだよ。」

 「今日だって、キミの隣りの席になった子、違う幼稚園から来たんだろ。またキミがウルトラマンになって、誰よりも早く友達にならなきゃね。ランドセルを買うときにも言ったけど、キミにはずっと一緒に来た友達がいっぱいいる。でもね、お父さんは、キミの隣りの席のあの子のように別のところから来たから、友達なんてほとんどいなくて不安で仕方なかったんだ。おまけに、学校でただ一人茶色のランドセルだったから、それを馬鹿にするやつもいた。悔しかったからケンカばっかりしてたんだ。ケンカしたから仲良くなれた友達もいっぱいいる。でもさ、そんなケンカで勝ってもあんまり嬉しくなかったな。やっぱりみんなと仲良く遊んだ方が楽しいんだよ。みんなで笑っているときよりも楽しいことってないんだ。
 ウルトラマンになるのってキミが思っているより簡単だよ。でもね、それには必ず守らなきゃならない約束がある。ひとがイヤだってことは絶対にしちゃだめだ。反対に自分がされたとき、友達がされたとき、自分より弱い子がされたときどうしてもガマンできなかったり、これは間違ってると思ったらケンカしてもいいよ。負けることだってあるかもしれない。でも、それを恐がっていたら絶対にウルトラマンになんてなれないよ。勇気を出さなかったら始まらないからね。誰かを守るためのケンカだったら、いくらやってもお父さんは怒らないから。約束な。」

 子供の目って不思議です。どうしてあんなに吸い込まれそうなくらいきれいなんでしょうか?先ほどの私の言葉を受けて、まだ一点の曇りもない彼の澄んだ目に力が、光が漲ってくるのが見えます。そして、その眼差しのまま黙って頷く彼を見て、理解してくれたことが分かりました。
 その日息子は、「明日から早起きしなきゃならないから、早く寝るんだ。」と楽しそうに言い、お母さんに手伝ってもらいながら明日の支度を済ませて、眠りに就きました。彼の机には、私がされた嫌がらせを彼自身が理解した上で買った茶色のランドセルが誇らしげに置いてあります。「やっぱり、そっちの方がお洒落だよ。」あの時どうしても分からなかった私の両親の気持ちも、いつの間にか理解できるようになっている自分が少し可笑しく感じられます。

 「学校ってさ、勉強しなきゃならないし、宿題もいっぱいあるし、楽じゃないけど、それ以上に大事なことをたくさん見つけられる場所だよ。それは、地球というかけがえのない星で、色んなことを学んだウルトラ兄弟と一緒だよ。
 さあ、行くがいい!ウルトラマンメビウス!キミらしく、堂々とまっすぐ歩いて行くがいい。楽しいことも、嫌なことも、辛いこともたくさんあるはずだ。でも、キミのたくさんの友達とそれらを乗り切ったとき、本当に大事な物を自分の力で見つけられるはずだ。」

 息子の部屋のドアをそっと閉め、そんなことを思いながら、私も眠りに就きました。