蔵元便り
12月
12月9日、今年の仕込第1号が上槽(搾り)されました。毎年この瞬間は自分の息子や娘が生まれた時のような感激があります。私が携わり始めた数年前、この小さなタンクにチョロチョロと出てくる酒を見て思わず涙ぐんだのを思い出します。今年も私の頭の中ではベートーベンの「第九」が高らかに鳴り響いていました。
旨みのある、美味しいお酒が出来上がりました。発売は12月16日です。にごり酒も同時発売です。
ラジエター・スプリングス
酒造りが本格化し、蔵の中は仕込みで戦争のような毎日を送っています。特に今年は個人的にも「大師(製麹の責任者)」としてプレッシャーと闘う毎日です。なにしろ酒造りの世界には「一麹・二酛・三造り」という言葉があり、よい酒を造るにはよい麹が欠かせないものとされているからです。「温度はどうだったかな?」「時間を延ばそうか?」などと1日中麹が頭から離れません。
そんな折、気分転換を兼ねて少し早く帰ったある日、息子が「CARS」のDVDを見ていました。私も一緒に見ていたのですが、ふと「京都縦貫自動車道が全線開通したら綾部もラジエター・スプリングスのようになってしまうのだろうか」と不安になりました。高速道路が開通したために忘れ去られた街、そこに本拠地を置く私たち。「そうなったら、僕はライトニング・マックイーン?うん、確かに酒造りの世界ではまだまだ若い方だし、杜氏の言う事にもなかなか耳を貸さない所もあるし。 集中・・・ スピード・・・ ボクは速い!」などと妄想が広がっていったその横で、息子が「じーじがドックで、お父さんはキングで、ライトニングはボクだ!」とミニカーで遊びながら大声で叫び、我にかえりました。そうだった、マックイーンはキミだった。
話は横にそれましたが、綾部というこの街にある私たちは地理的な面も含めてどうしても灘や伏見といった“近所”の大手と比べて地味な存在になりがちです。でも、大手にはないものも持っていると私は確信しています。「CARS」のようなレースの世界で言えば、私たちは決して華やかな世界を走るワークスグランプリマシーンではありません。蔵(ファクトリー)の中を見てください。そこにあるのは何十年も(私が生まれるずっと以前)使い古された機械です。それを何度も何度も修理して使っているのです。
そう、私たちは伝統を頑なに守り、自分の手を信じ、情熱だけは誰にも負けない自信を持ち、50~70年代のイタリア・イギリス・フランスなどに星の数ほどあった、町工場に毛の生えた程度のプライベートチームです。普段はワークスチームに絶対に勝てなくても、雨が降ったりしたら勝つかもしれない。どんなに負けたって情熱で悔しさをはね飛ばす。そんなコンストラクターなのです。酒造りの長い歴史の中、一瞬でも宝石のような輝きを放つ存在になりたい。そんな気持ちを持ち続けています。
ちょうど今出場している競技は、来年の春という1000マイル先のゴールを目指す
1000 MIGLIA
です。見た目は古臭くて、小ぢんまりしているかもしれないけれど「心」というエンジンは最新のグランプリエンジンより高回転まで回ります。
今日も蔵の中にこだまするのは、大きなタンクのなかで発酵を続ける醪の泡が奏でる「ピチピチ」というエグゾーストノートです。