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中央アジアシルクロードの旅文さんの日記

 ネパール、インドにうまれました釈迦と仏教はパキスタン、アフガニスタンを経て、中央アジアのウズベキスタン南部から中国に伝わりました。ウズベキスタンのテルメズ遺跡は、アメリカのアフガニスタン空爆の前進基地となっていました。
     
  
 テルメズから発掘された仏像。   

  
ウズべきスタンの町
  
仏教は、パミール高原を経由して中国に伝えられました。従ってテルメズは仏教の東方流伝の基地であったといえます。「玄奘三蔵の大唐西域記」にも書かれている地方を視察しました。
              
  ウズべキスタンの建築


砂漠の中で。遊牧の民の名残が残る人たち。


新疆ウイグル自治区

 何処までも続く砂漠の道路

何処までも続くタクラマカン砂漠の道路何処まで行っても村は無かった。隣村まで100キロくらい走るとオアシスの村があった。  新疆ウイグル自冶区。タクラマカン砂漠の真中にサウジアラビアに劣らない油田が開発され操業されていた。新疆はアジアの中央に位置し、南アジアと西アジアヨーロッパを結ぶ「シルクロード」必径の地である

 高昌国が栄えた頃627年、玄奘三蔵は国禁を犯してインドへ求法の旅に出た。大唐西域記によれば玄奘はこの地に40日間滞在し仏典の講義をした。高昌王国は640年に唐に滅ぼされた。17年間かけてインドの旅を終えて玄奘三蔵が高昌国に帰ったときには既に滅びていた。
ウイグル冶自区はイスラムの世界です。中央アジアやパキスタン、ギリシア人との混血民族です。従って漢民族とは本質的に違います。
  
 

   
  ウイグル火焔山

 

砂漠の油田 ウイグル自冶区

 ウイグル族は砂漠の利益の上がらない広い農業地帯に散在しています。 中国は数百万人の漢民族をタクラマカン砂漠のオアシスの町々に入植させ、石油開発や利益の上がる産業に送り込んでいます


文化大革命で紅衛兵が徹底的に破壊
ウイグル自治区。仏教遺跡、多くの仏教遺跡で仏像の顔が殆ど破壊されていた。文化大革命で紅衛兵が徹底的に破壊したとの事であった。残念である。中国政府は遺跡の写真を取らせなかったがこうした破壊の現状を見られたくない為であろうと思われた。


ウイグル族は日本人に顔も形もよく似ています

 日本人に顔も形もよく似ています。同じ血液の人類です。私たちもウイグル族の人達によく似ている。シルクロードの町々には桑の木が見られた。養蚕も行われている。絹製品も多く販売されている。                     

                     

「シルクロード」は、

「シルクロード」は、唐の時代、現在の西安から新彊ウイグル自治区へシルクを運ぶ道。それがやがて古代ローマへ延びユーラシア大陸の東西交易を発展させた。砂漠化の進む大地に流れる河川に沿ってオアシス都市が点在する。

シルクロードの仏教東漸の地、敦煌
東河。砂漠の中に何時しか消えてゆく川です。
現在は東河に巨大な河川工事の堤防が建設されて洪水
から守られていた。
 
中国、シルクロードの仏教東漸の地、敦煌に行く目的は何といっても世界遺産の莫高窟です。そして砂漠の中の夢の園。「鳴沙山、月牙泉」です。
 シルクロードの要衝であり、仏教はインドからこの地を経て中国に伝来しました。



    
 月牙泉。と鳴沙山    
童謡「月の砂漠」のイメージ。
何処までも続く砂漠。オアシスの町敦煌を一歩踏み出すと、もう其処には広漠たる砂漠が果てしなく続いていた。7世紀の昔、玄奘三蔵はこの砂漠の道をあるいて次ぎのオアシスまで歩きました。                         


      
莫高窟


 莫高窟の壁画は4世紀から約1000年の間、幾世代にもわたって描かれてきた。
 

 
  敦煌」悠久の昔より東西文化の集積の地であった敦煌。そこに花開いた仏教文化を始め数々の東西芸術は名もない庶民により営々と描きそして刻まれてきたものである。
 

        西千仏洞                              

 天竺といわれたインドの仏教も
この敦煌のオアシスを通過して中国に伝えられた。
中国全土で作られた絹もこのルートを通って中央アジアからローマ、ギリシアの国々に交易がなされて行った。




 改革解放の躍進する中国は今、
内陸部まで整備が進んでいた。


私が1993年に始めて訪れた西安、ここからシルクロードの旅は始まった。


西安に立つ玄奘三蔵像


   
弘法大師入唐1200年青龍寺の空海像。

空海が真言密教を求め入唐してから、ちょうど1200年目に空海の足跡を辿る旅をしました。
804年、摂津国難波津(現大阪市)を出港した4隻の遣唐使船団は台風に遭遇。
2隻は行方不明に、大使と同乗した空海の船は、8月10日に福建省の赤岸鎮に漂着します。空海は長安で恵果阿闍梨より伝法灌頂を受け、「即身成仏」を主眼とする世界の密教の第八祖となります。そして、空海の帰国と同時に、2500年前の釈尊から始まり、部派仏教、大乗仏教、密教と発展してきた仏教の直流は日本に流れ込むのです。


龍門石窟の像。
文化大革命の破壊を免れた石窟像。
広化寺の仏像。
文化大革命の破壊を免れた。

 中国の改革開放の研究、
 

人民軍に守られた、千年の古刹、広化寺
空海だけでなく曹洞宗大本山、杭州市の浄慈寺に如浄禅師之墓
は山の岡の上にひっそりと立っていた、人郷離れた山中の墓は幸いにして、文化大革命の嵐の中も切り抜けて、破壊を免れた。曹洞宗大本山天童禅寺ここの立派な仏像も破壊し尽くされていた。

台湾海峡から西安へ、2400kmの旅。どの寺院の仏像の顔もみな同じ顔でした。
これらの仏像の全てが破壊し尽くされていた。その後でそれらの仏像が中国革命以後急速に再建され、美しい見事な仏教、仏像文化の華が咲いていた。革命後の素晴らしい再建は、中国の土木建築技術の進歩と土地投資を伴わない設備投資が中国経済の発展に大きく繋がっていることは間違いない事実であろう。



インドに発生した仏教は、パキスタン、アフガニスタン、ウズべきスタン、など中央アジアの国々を経由して、新疆ウイグル治自区。敦煌を経て西安{長安}の都にもたらされました。更に経由して日本に流れ込んでくる歴史に興味を持った私は、これらの国々を、其の起源を求めて旅を繰り返しました。ガンダーラの石造仏像の起源を求めて更に、イスラムの国々、イラク戦争勃発5日目には東ローマ帝国の首都イスタンブール空港に飛びました。更にギリシアからローマ、イスラエル、エジプトの国々のイスラム世界と、キリスト教文明の起源を求めて旅を続けました。世界の文明の起源を求める旅を10数年間にわたって続けました。

メソポタミア文明の起源を求めて
ユーフラテス川
シリア・イラク国境に立つ
 
          イスラム寺院

イスラム世界とともに、キリスト教文明にも若いときから興味をもちまして、その歴史や思想史の研究も続けています。世界の対立はすべて宗教と思想、民族問題が対立の根本にあります。


ニューヨーク9.11テロの工事現場。ワールド、トレードセンター跡地。

イスラム世界とアメリカ文明の衝突
更にイスラム世界とアメリカ文明の衝突の現場、9、11テロの現場を見ようと、ニューょークの現場も見てきました。


  
ベトナムにはオートバイの運転免許は必要なかった。
      世界を旅すると、闘いには勝たねばならないことが嫌というほど身にしみてくる。

最後にそのアメリカとの戦争に勝利しましたベトナムの若者の話も聞きに行きました。私が見たイスラエルやイランは世界一の民主主義国でした。イスラエルはすべての民族を受け入れる国でした。「百聞は一見に如かず」です。それらの国のことも今回の本に書きました。が、たった350ページの中には書ききれませんでした。詳しくは私のホームページにそれぞれの国の歴史や実際に見た歴史的事実を記録しています。また、数百枚のCD、DVDに動画として記録しています。


シルクロードの旅の基点西安

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