草谷山荘
氷の山国際スキー場ハチ高原スキー場草谷山荘藤原睦幸のホームページ
667-1125兵庫県養父市奈良尾130番地
TEL079-667-8502。FAX079-667-7014
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「ここから下」のページは草谷山荘の営業と関係ありません編集このホームページはフィクションです仮説です。全て面白く読むための創作。小説です。「文さん、水戸黄門、」とは筆者藤原文男ご愛読ありがとうございました。書き放題。が、フィクションです。言いたい放題展開します。
アツアツのたこ焼きを食べた
5月4日
林間学校の生徒が来ていた。「昼飯は帰ってから食べるよ」と声を掛けたら「今日はカレーだから生徒が多く食べたら無くなるかもしれない」と言うからそれなら「風呂屋で飯を食おう」と、万灯の湯にでたら10分前で入れないから面倒くさい。と八鹿の「天女の湯」に出た。ら駐車場に一杯車が詰めかけて居た。300円支払うと、金曜日は午前中みんな300円ですから書かなくともよろしい。らしい。風呂の中で火曜日も午前中300円です。と言う人がいた。
300円にすべての人の入浴料をしたら多くの人が詰めかけるのである。万灯の湯も養父市民全員300円にすれば驚くほど人が詰めかけるだろう。なぜならおジロンは300円である。新温泉町薬師の湯は町内者150円、町外者400円である。やぶ温泉は入浴時間制限なしである。シルク温泉は朝6時から営業。入浴料500円である。七釜温泉は朝9時から営業、入浴料500円である、かすみの矢田川温泉は午前9時から営業。月間券4500円、などいろいろ様々なサービスをしている。
養父市になってからハンコを6回押したら一回入浴サービスしていたが廃止にした。加えて平日お茶のサービスしていたが、養父市になってから廃止している。無料のあんま器が人気だったが廃止している。風呂に入りのどが渇いても120円出さないと水も飲めない仕掛けにしている。入浴時間も11時にならないと開けないからそれから受付、していたら風呂に入るのは11時20分になるから午前中に入浴ができないから、お客さんは逃げてゆく。養父市は1700万円かけたから商売はどうせんでもよいらしい。はやらなくとも誰も損しない。次の予算を着けなければ自然に廃止すればよいらしい。養父市になつてから大久保の田中君の息子の顔が見えなくなった。姫路から来ていた人も最近来なくなった。氷上方面から来ていた常連客も顔が見えない。水戸黄門も顔がみえなくなっているらしい。仏壇やの顔も名前を書かなくなっているから何所かほかに行っているのだろう。
もう一つ書くと、昼食は980円。色々な野菜や地元でとれた野菜を出しているが、年寄り多く食べない。から980円の食事は高すぎる。豊岡や和田山の回転寿司は一つら105円、9皿だべても945円である。和田山の焼肉決闘場では850円で200&の焼肉をつけて食べさせている。三宅の太田畜産は安くてうまい但馬牛を和田山の店で売り、焼肉の店も出しておお流行り、近くの大谷の握り寿司屋も980円で旨い握り鮨を食べさせている。天女の湯も必死で安い食事をお客さんに提供している。しかも火曜日と金曜日の午前中は半額の300円に大人割引らしい。村岡の道の駅も必死で頑張っている。お客さんは但馬各地のいろいろな食堂温泉で浸かって居る。商売は素人にはできないのである。今までのサービスを廃止するなど自殺行為である。へたくそな養父市の商売、誰の指示なのだろうか?万灯の湯を続けるための支援者は一人もいない。可愛想に養父市長は何も知らない、関宮町はますます踏みつけらてれている。
今度6月6 日ごろ開かれる関宮町議会OB会でこの事実を訴え、関宮町の養父市からの分離独立運動を関宮町の皆様に訴え、関宮町の差別撤回運動を起こさざるをえないのである。関宮町出身の市会議員はこの事実を知って居るのだろうか?
帰りに八木の「たこ福」によったらたこ焼き屋だった。「お客さんが来てから焼きます。」と言う。別嬪さんの井崎さんは三宅のマンションから通っている、もうひとりの別嬪さんは出石のほうから来ていた。二人の別嬪さんと話しながらアツアツのたこ焼きを食べた。500円です。と言う。500えんで腹一杯になった。八木のたこ焼き。TEL079
665 0664番。に予約すれば焼けたのをすぐ貰えます。水戸黄門のホームページを見たといえば30円割引してくれるかもしれない。とにかくべっぴんさんが二人で懸命に呼び込みをしています。一パック250円です。
5月23日
今日は鉢伏山山頂での大本のお祭りがある。田淵君のお誘いで山頂に登る。私の著書「但馬に生きて、遥かなるロマンを求め駈け巡る」参照。
昭和21年5月22日。大本二代教主とともに出口聖師はこの山頂に詣でた。と記されている。私の著書参照してください。詳しく書いています。
9時に上がってくれたらよいと、田淵君が話していたが8時半過ぎに車で鉢高原に登った。
大本の祭りであるが本部派と分家筋と二つに分かれているらしい。私の父は本部派である。毎年10万円大本に貸した。10年で確か100万円貸した、10年経ったら返すから、と、大本が本部の新殿を建てた。神様に金を貸しても返してもろう債権など発生しない。私は今も覚えている。そのころ私は一生懸命百姓で多くの金を稼いでいた。が、田淵君は分派のほうである。が、信者ではない水戸黄門はそんなことにお構いなしである。
今回の大本分派の鉢伏山頂上での祭典に初めて参加した。11時から開始されたがなかなか長かった。漸く祭典が終わり下山しかけたのは、昼を過ぎて12時半、昼飯開始は一時くらいになって居た。大笹から6戸の信者が参加していた。色々な世界の宗教を見てきた。世界の聖地を訪れるのが楽しみでここ10数年間世界の旅を続けた。大本教の分裂は宗教の歴史からみれば当然である。なぜ宗教は分裂するのだろうか?
宗教とは何か?人間が心の中に描いた偶像の結晶なのであり、それを信ずることにより幸せをつかもうとする人間の欲望にすぎないのである。
大体特定の神を宗教の教えを信ずるということは人間の欲望を満たそうとする心の弱みに付け込み売り込もうとする一つの商売行為なのである。と水戸黄門はそうした人々の心を分析しているのである。が、そんなこと書くとまたまた田淵君が私を批難するだろうことは100も承知の上でこのホームページをかいているのである。が、日本国の憲法は文章表現の自由を高らかに歌っているありがたい国である。その点中国は文章表現の自由のない資本主義国なのである。
世界の殆どの宗教は分裂を繰り返している。大まかに見て今なお分裂の少ない宗教は奈良の天理教である。天理の教えは何故宗派が分裂しないのだろうか?と私は天理教の本部に旅行したときいつも懐疑と探究の眼で見ているがそれは天理教の教祖、中山みきさんの卓越した先見の明だろうと思っているが、水戸黄門が次の新しい宗教、宗派を創造する時の参考にしたいと考えている。
キリスト教、イスラム教、仏教は勿論、人間が創った宗教は分裂するのが当たり前なのである。何故なら人間ひとりひとりのづ脳で考えていることは一人一人独立しているからなのである。わかりましたかなー。今日の宗教講座はここまで。また書きます。
書きかけたついでにもう一つの大本の私の家の御蔭を後世の為記録しておきます。昭和20年5月23日、夜熱いので目が覚めたら、私の下前のいえから火が噴き出していた。急いで牛を引き出し、判蔵さんの家の桑の木にくくりつけた。家に帰り位牌家を下の畑に避難した。牛を引き出し振り返ると家の屋根に火が付いていた。消防団が駆けつけてくれた。笹板の家は燃えていたが多くの人たちのおかげで火を消し止めて頂いた。三階には稲のわらが一杯あったが長村角雄君らか゜手で火を揉み消してくれた。大久保、福定、奈良尾から外野、草出の村々から熊次全域から喜三郎さんの家が燃えている。と駆けつけてくれた。当時私の家は岐柳、柳栽培で熊次小学校に通う多くの生徒を柳の皮むきに雇用していた。特に草出の生徒は毎日柳の皮むきに来てくれていた。その柳を家の中には一杯積みこんで居た。一年間かかって造った柳が家に積み込まれている。「
藤原喜三郎さんの家が燃えている」と多くの人たちが駆けつけてくれました。父の日頃からの誠実な人柄と熊次の皆様のご支援で私の家は火災から逃れることができた。
突然風向きが東側に代わり私の家は全焼を免れた。大本の出口聖師は「日本の国が火の海になるぞよ」と予言していた。昭和20年、日本の国は火の海になった。私の家が火の海になるなどとは予想もしなかった。が風向きが東に代わり火災からまぬがれる事ができた。私の家の三階のたる木や野路板は今も黒こげに火災の後が残っている。私はその家を壊さないで家の真ん中にして増築してゆきました。あれから60数年経っている。数十年間忘れたことのない5月23日、今日、大本の鉢伏山頂のお祭りに参加させていただきました。何よりも父は喜んでいるだろう。神風が吹いた。日本の国には神風が吹かなかったが、草谷山荘の喜三郎の家は神風で助けられた。「大本のおかげだ」と父は口には出さなかったが信じて居た。子供心に私も大本の神様のおかげだと信じて居た。「人間は正直に横着をせずに一生懸命働け」が私の父藤原喜三郎の教えである。藤原文男教の真理でもあります。
後世のために記録しておきます。
私の神は私の父、藤原喜三郎である。従って藤原文男教の神は私の父である。大本の教えは万教同根と説かれている。従って私は世界中の宗教の神は同根であるとの私の世界中の神を研究した結果そのように理解している。私が生まれたころから父は母と結婚したころから大本の信者だったと母が話していた。大正年代のことだろうと推測している。父は17才の若いころ、心臓病を病み、四国88ケ所参りをしたと話して居ました、四国のいろいろな田舎の話を子供のころから聞かされていた。父は母と結婚したのは28才のころだつたと聞いている。大本信仰の御蔭を頂き健康を回復。85才の生涯を健康に全うさせていただいた。
大正年代からの信者の父。大正、昭和の大弾圧にもめげづ父は信仰を続けて居た。戦後昭和21年、大本の無罪確定、ご神体を田淵国五郎さんの土蔵の底から掘り出して草谷山荘の神棚にお祭りしている。私の家の多くの親戚は政府の追及を逃れるため天理教に改修させていたが、父は最後まで大本の教えを守り信じて居た。無信心な私はあまり神を拝まないが、むしろ仏教思想に共鳴している。世界の旅をしてみた結果である。が、研究すればするほど、万教同根の大本の精神は受け継いでいます。

鉢伏山。大笹村より
竜宮神社祭典。よなごやのホームページより転載。
5月22日
田植えの日である。が、水戸黄門が田植えをしなくなってもう10数年になる。「今日午後あいているか」突然このはな君からメールが入った。蛇に狙われたカエルのように「ああ明いているよ」と返事したが「これから和田山の温泉に入りに行きます。ついでに散髪して昼には家に帰ります」とメールした。
すぐに家を出た。上八木の信号から大屋のトンネルを抜けて、高速道路の浅野から稲津、畑の村の峠を超えると和田山の岡の村になる。そこから312号を暫く走り、奥香の湯温泉に這入る。散髪、温泉。終わると312号から国道9号線。家に帰る。メールしたら田淵君が出てきた。ただちに車に乗り、大笹の大本祭りに寄る。
そのまま豊岡の山の中、奥野の北但東部森林組合の木材を切り集めて燃料をつくる会社の作業場に案内された。
今度の北海道旅行も木材を炭に加工する炭焼き機の製造機械工場の視察らしい。
帰りに出石川の堤防を走っていたら「そばを食おうか」と言うので「そばなら出石の町の本格的蕎麦屋にゆこう」と走っていたら五万石の蕎麦屋に車を止めた。小便しに入っていたら「10皿づつ頼んだよ」と言う。10皿も食べ過ぎだと思ったが食べだしたら結構うまいのでとう等10皿平らげた。帰ってから夕めしの御馳走が食べられないと思ったが、五時過ぎに家に帰った。夜の一杯とあては結構うまくて何時ものように食べれた。結局そば10皿ぶんは余計に食ったことになったが、人間の腹の中はふしぎである。
5月21日
政治とは何か、詰まる所金である。民主党が政権を取れたのは小沢一郎の選挙手腕の勝利である。そのあと出てきた管直人が政権を握ったら、とたんに自民党の尻馬に乗り消費税10%を言い出した。ら、折角小沢がうまく国民をだまして衆議院で圧倒的に多数を取ったのに、参議院選挙で負けてしまった。阿呆なのは管直人である。その前に鳩山の殿様が沖縄政策を誤り早々に退散。が、小沢の擁立する小沢派は政権が取れなくなり党内野党に転落。今度出てきた野田佳彦総理大臣は消費増税に命を掛けると言って居る。命を掛けるなら早く命を掛けて散ればよいのである。
消費税になぜ水戸黄門が反対するのか? 民宿はこれまで5%の消費税を自己負担で辛抱してきた。5%の宿泊料を上乗せするとそれでなくとも少ない客足が更に遠のくのである。消費税反対の旗をあげましょう。朝日新聞は消費増税の旗を降ろすべきである。小沢一郎万歳。消費増税反対の声をあげよう。が、まだまだ当分野田佳彦総理、辞めそうにない。当然である。そんなに簡単に政権交代していたら世界の物笑いになるからである。
政党政治とは反対するものがあるから成り立つのである。自民党がいくら騒いでもどうせ民主党と同じ穴のムジナである。どっちゃ道消費増税の政党である。消費税増税せずに、福祉政策、圧縮見直しと、年金制度改革、観光産業擁立。景気の良くなる政策をとりいれるべきである。そんなこと分からなければ水戸黄門が内閣総理大臣になってやってもよいよ。が、毎日温泉と五時過ぎたら一杯飲む、偉くなったらいつでも昼寝する。だから小沢一郎を副総理に頼みますよ。
トーザーイ東西。
今日21日は午前中おジロンにいったら、休みだった。引き返し村岡温泉に入った。今日はじめて気づいたことだが、村岡温泉は大量の温泉がどんどんと湧出していた。人が一人もいないのにあて流しの温泉水が出て居た。温度は41度とちょうど良い温度である。これなら入りに来る人が少なくとも経営が可能である。年取ったおばさんが一人で番をしていた。
午後は衆議院の一般質問をしっかりと聞いた。自民党、伊吹文明、鴨下一郎。二人の自民党長老の質問を聞いていて納得した国民は多いだろう。
養父市の市会議員のような知りもしないものが、出たとこ勝負で一般質問。している風景は養父市の恥さらしである。が、あまり批判するのもよろしくないだろう。年金制度改革の批判を展開していた。が民主党の大臣より自民党の長老議員の方が役者が一枚も、二枚もうえである。内閣総理大臣と言えどもまだまだ勉強が足りないだろう。とテレビを見ている国民は思っただろう。赤旗なんかの新聞論議は子供の漫画である。
5月21日
月曜日になつている。天候は晴れている。丹戸の民宿が多く辞めているらしい、夏山は7軒らしい、奈良尾村はそれでも9戸続けている。氷の山があるからである。清い水、魚つかみ場、神社の森、歩いて登るスキー場への坂道、飯ごう炊飯場、氷の山登山の起点。今も続けている水田の耕作地、この自然の風景を眺めながらの登山道。が田舎の風景である。自然の流れのとちあだ川の魚つかみ場はほかには見られない風景である。奈良尾の村からすぐに八木川に下り、坂道を登ると10分ほどで向田の魚つかみ場に行ける。この風景は他では見られない景色である。
ああ疲れた。21日、家を出てから8時間。やっと家に帰りました。朝8時半、竹野浜を目指して出発。村岡から神鍋道の駅。から峠を超えて竹野日高竹野線。下る。途中明け部さくんにメール、竹野浜の温泉に浸かる。丸坊主の男が一人入ってきた。「毎日来ています、」「何時間いますか?}と聞いたら「二時間居ます。」お客は四人ほどだった。竹野で食事をしようかと思ったが、豊岡の河童寿司まで走った。九皿たべた。食べ過ぎである。旨くて安いからつい食べ過ぎてしまう。但馬文教府についた。但馬史研究会が開かれた。四時に終わる話は面白くないから三時過ぎに帰ることにした。帰りは日高から伊府、知見、珍坂とんねる経由、但馬長寿の郷の上を通り高柳から家に帰った。但馬を一周するコースを選んだ。家をでてから但馬史研究会を含めて8時間のこースは疲れる。
5月21日。月曜日18時から18時30分
サンテレビ放送します。但馬夢テーブルかわら版。
出演者、兵庫県知事井戸敏三、但馬を映像で発信する会久保千賀子さん。木田薫さん、(前淡路地域ビジョン委員長)
皆さん是非サンテレビ見て下さい。
更新日:2012年5月10日

竹野町久保さんの息子さん久保さんには孫もいます。
「日曜さわやかトーク」収録風景
-日曜さわやかトーク-
知事が県政推進の考え方を語るトーク番組。地域で活躍する方や有識者とも対談します。
◆放送日時:毎月第3日曜日 午前10時~10時30分
(再放送)本放送の翌日の月曜日 午後6時~6時30分
◆放送局:サンテレビ
【放送予定】
放送日時:5月20日(日曜日) 午前10時~10時30分、(再放送)5月21日(月曜日) 午後6時~6時30分
テーマ:「創造と共生の舞台・兵庫」
出演者:井戸敏三(県知事)、木田薫さん(淡路地域ビジョン委員会 前委員長)、久保千賀子さん(但馬夢テーブル委員会 委員)
5月20日
久しぶりに竹野浜の北前館に回って見ようかと考えた。もうすぐ出発、
20日は但馬史研究会総会の日である。但馬文教府まで出かける。朝9時半に出て天女の湯に入り、豊岡で昼食。総会の後「但馬国天領の安石代について」森田忍氏の講演である。勿論そんな話に全く興味はないが但馬史研究会の皆さんと顔を合わせてみたい。昨年の秋、鳥取城祉視察以後多くの人たちと知り合いになった。遭難したなんとか女史は「私は遭難していないですよ」と言った。遭難者のほとんどが自分が遭難したという認識はないのである。人に迷惑かけたという認識のない人が多い。学校の先生をしていたらしいが、自分が真っ先に歩いて道が分からなくなり、勝手に浜坂駅から家に帰って居た。氷の山、鉢伏せ山で過去数十年間多くの遭難者を出した。が、遭難者は人の迷惑を考えずに一人で行動し、ほとんど家に帰って居た。
道に迷ったら早く家に帰ろう。が遭難者の心理である。山登りの隊長の心得は、隊員の掌握である。先頭に立つ指導者は絶えず最後尾まで隊員の掌握が必要である。登山の時の指導者の心得である。同時に登山する隊員は隊の先頭を追い越してはいけないのである。下山する時、先頭を追い越してはいけない。これが登山とスキーツアーの鉄則である。但馬史研究会と言えども今後の調査登山は隊列を組み、先頭を追い越さない。訓練が必要である。
5月18日
朝日新聞と言う新聞はインチキ新聞だ。社説で消費税増税賛成の論文を多く掲げておいて、今頃耕論の「チョット待った消費増税」5月17日13ページ。と多くの論者の論文を載せている。私の家では70数年間朝日新聞を読んで居る。があきれたインチキ新聞である。赤旗のほうが筋が通って居る。が赤旗は共産党の利益のために書いているから、まゆに唾つけて読まないといけない。いろいろな新聞や雑誌を読んで居ても、信用して読める新聞はないのである。が、このページの最後に朝日新聞元企画委員の白鳥正夫さんの、サムエル、ウルマンの歌を載せている。から悪口はあまり書かれない。が、消費増税など反対である。民主党も自民党も同じ穴のムジナである。が、財政再建は必要だろう。が、一度小沢総理を実現し、消費税を取らない政治をやらせてみたらどうだろうか?東西、トーザーイ。水戸黄門
5月17日
このはな君が来た。北海道旅行激安航空券確保したらしい。旭川二泊の予定である。6月19日草谷山荘2時発。朝少し早いが神戸空港7時5分発。
成田8時25分。成田発10時30分発、旭川着12時10分。帰り、旭川発、12時45分、成田着、14時20分、成田発夜7時40分、神戸21時着。車で家に帰る。
成田で時間があまりそう。下の予定表は特別の計画表にすぎない。毎日の行動計画は別に定めるが、プライバシーのことはかいていないのである。
毎日温泉に浸かっているが体力が回復してきた。ぼつぼつ百姓始めてもよいが、
但馬県民局夢テーブル委員会から6月3日の資料が送られてきた。牧野裕美子さんのグループに這入るよていである。
5月31日森林組合OB会八チ北えびす屋午後6時
四国参りの予定。計画していたが。
北海道旅行このはな計画 はてさて困ったことになりました。四国遍路参りを変更しようかなー。
突如浮上した北海道旅行。旭川空港直行便で19日発旭川泊。20日北海道旭川泊。21日帰る。予定
5月14日
氷の山の残雪も大分少なくなりました。毎年五月連休の頃氷の山登山大会が開かれていたが、今年は残雪が多くてまだ氷の山大段平まで車が登れないらしい。氷の山国際スキー場から車で登るコースには途中大きな岩が崩れているらしい。福定の登山家義雄さんが言う。大段平の下のカーブに残雪があり、まだ登れないらしい。養父市は氷の山が市の象徴の山だと宣伝している。が、元気な若者は布滝コース、東尾根コースでどんどん上って居るが高齢者の登山家は、大段平まで車で登り、そこから歩いて一時間で氷の山山頂に登りたいのである。11月から春六月になろうとするのにまだ、高齢者の氷の山登山が出来ない。立山ですら登山道は除雪されている。兵庫県の最高峰氷の山は、一部の若い元気な人たちだけ登ればよいのだろうか?
養父市は、但馬県民局、大幹線林道の関係当局。兵庫県知事さん、兵庫県内在住の高齢者の登山家の声を代表して、水戸黄門の文さんは世界中の皆さんにお知らせします。

5月13日
ふるさとづくり大学入学式。
地場産会場。多くの友人知人が100人集まる。私の横赤木さんが座った。豊岡市である。「あなたは度々見ましたね、どこでしたかなー、この大学でしたかな」と聞いたら「そうです」と言う、しばらくしてから「但馬文教府生活創造応援隊でした」と言う、「赤木さんって衆議院か参議院に出て居ましたね」と言うと「赤城さんは城です。私はただの木です」ああそうですか赤城と赤木の違いですか」開会式の後、講座が始まった。私は最前列の一番左端の席。自己紹介が始まった。ら「藤原さん、」と、自己紹介一番に指名された。
講師は阪南大学の国際観光学部の森重昌之氏である。阪南大学。私の孫の辰則君が行った大学だった。家に帰ってから電話して聞いたらやっぱり阪南大学の国際観光学部卒業だった。大阪に就職し家には滅多に帰らない。大学の講師から阪南大学のガイドを頂いた。大学は松原にある。
[つながりから始まる観光まちづくり」のテーマであったが、観光を分析して観光とは何か。の問題を解説していた。が、観光客と観光とは何か?をこれほど掘り下げて分解したことは初めてだった。参考にはなったがさて、所詮学者のはなしである。お客を多く誘致する実際の利益につながる話ではない。
体験に基づかない頭の中の分析理論である。体験とは何か?実際の観光産業の中に苦労した私たちとは違う。が、批判していてもはじまらない。

ぼちぼちいこか暮らしの学校 農楽(の~ら)立ち上げ奮戦記タマネギ畝立て開始
シリア シリアが内戦の危機に陥っているもようである。10年前私たちが行ったシリア、今中東地方、ヨーロッパ東欧諸国、ギリシアのEU離脱問題、フランス大統領の交代がわが日本の国の株価に影響しています。ギリシアは西欧に属する国だった。が世界は大きく変わりつつある。
5月11日
明日は但馬ふるさとづくり大学の開校式、第一回の講座が地場産五階で開かれる。午後からであるから午前中天女の湯に入り、昼食後豊岡まで走ろうか?と考えている。ふるさとづくり大学に電話したら、「藤原さんの席は最前列に設定しています」とのことだった。豊岡の地場産のマイク放送設備が悪いから後の座席に座らせられたら、ツンボ桟敷である。ツンボとは聾唖者のことであり、今頃「ツンボ桟敷」と言うと差別用語だというだろう。が私水戸黄門はツンボであるから、ツンボが「ツンボ桟敷に座らせるな」と要求しても差別用語ではなかろう。水戸黄門は誰とでも議論する。いくらでも戦うのである。ツンボがツンボ桟敷に座らせるなと要求することは差別用語ではないのである。
豊岡市の地場産の五階は放送設備が悪い。こんなところで大勢の人を引きよせ会合を開かせたいなら、マイク放送設備を改良せよ。と水戸黄門は要求します。ふるさとづくり大学などに集まる人たちは高齢者が多くて耳の聞こえが悪い人が多い。だが誰一人文句を言う人はいない。但馬の人間はオトナシイ、水戸黄門は世界の旅をしていろいろな社会を見てきています。マイク放送設備を改良せよと叫びます。
インターネット検索していたらこんな記事のっています。
2012/05/09 17:56更新それは、小沢一郎氏の“陸山会裁判”でも繰り返された。なぜ、新聞・テレビは捜査や裁判の冤罪構造に斬り込もうとしないのか。
ジャーナリスト・鳥越俊太郎氏は、「それは陸山会事件そのものがメディアによってつくりあげられた事件だったからだ」と指摘する。
すべてのスタートは政権交代前の2009年の「西松建設事件」だった。
「検察は建設業者がダム建設の受注を有利にしようと小沢氏の事務所にお金を持っていったという古典的な贈収賄シナリオを描き、新聞にバンバンとリークしたことが発端だった。新聞はそれを検証せずに垂れ流すように書いていった。
新聞が建設会社から小沢氏にカネが渡ったのが事実のような書き方をして、それを追いかけるように特捜部の捜査が進んでいく。情報の出元は同じだから各紙横並びの記事になり、国民には、『どの新聞も書いているから小沢氏は何か悪いことをしている』という印象が植え付けられる。その繰り返しを何年も続けたので、“小沢一郎は巨悪”というイメージがつくられてしまった」(鳥越氏)
判決後にもテレビは街頭インタビューで、「無罪? おかしいんじゃないか」と答える国民の声を放映した。メディアが国民に「小沢は巨悪」のイメージを植え付け、無罪判決が出ると今度は国民に「おかしい」といわせていかにも国民が判決に納得していないように報じる。これこそ戦前のメディアが得意としていた危険な世論操作である。こんなかつて取った杵柄はしまっておくほうがよい。
関連記事
記事本文の続き 鳥越氏が続ける。
「総選挙前の西松事件は政権交代を阻止する、政権交代後の陸山会事件は小沢氏を政治の中枢からできるだけ遠ざけるという特捜部の考える“正義”のための捜査だった。それにメディアが完全に乗って世論はつくられた。国民はメディアに騙されてきたのであり、メディアは猛省しなければならない」
毎日新聞記者から『サンデー毎日』編集長、テレビ朝日『スーパーモーニング』のコメンテーターを歴任し、新聞・テレビの報道第一線に立ってきた鳥越氏の発言だけに迫真性と説得力がある。
※週刊ポスト2012年5月18日号
菅総理&記者クラブVS小沢氏&ニコニコ生放送 戦争勃発天声人語「村木さん同様、小沢氏も酷い目にあうべき」と主張小渕優子は非難せず 大メディアの「小沢献金」批判は支離滅裂実は小沢一郎氏の味方?仙谷官房長官「小沢代表助けたい」発言小沢一郎氏 記者クラブメディアに最終戦争を仕掛ける
5月10日
今日10日但馬文教府生活創造応援隊にゆきました。六月の会合予定の日は7日、16日ともに行けません。但馬信用金庫と、但馬農協の日帰り旅行があるので参加よていです。まあ致し方ないです。河童寿司によった。うまいので9皿食べた。105円で945円である。食べ過ぎた。帰りに出石の木村さんの学校ノーらに立ち寄ったら、仕事に出かけて居たが、昼食の準備をしていた女の人と何時も見かける若い人たちがいた。ノーらの学校もスギ板を張りだいぶ完成に近づいていた。「百姓の学校ノーら」軌道に乗って居る。帰りに出石の峠から浅間トンネルを通らず、暮坂の村から岩崎の村に越した。細い林道である。冬季間は通れないが林道を通るのは面白い。坂本の村から右岸道路にでた。舞狂の橋を渡ると全但自動車学校の横から上個、養父地域局の横からトンネルを抜けた。万灯の湯につかつた。伊豆の河浪さん、姫路のなんとかさんたちが風呂に入りに来ていた。
5月9日
株価が下落を続けている。最初はまあ、少しくらい値下がりするさ、くらいに感じていたが、フランス大統領の交代。ギリシアの選挙で政権交代、まだまだ予断を許さない状況。日本の政局も予断を許さない。経済状況である。今朝、五時半に起きた。朝仕事に竹箒で裏の庭を履いた。約一時間仕事を済ませた。朝飯、新聞に目を通したが、ごろりと横になったら目が覚めたのは11時過ぎだった。学校の階段を上り校庭にでた。家に帰り久しぶりにパソコンを開く。午後温泉に出る予定である。が、株価の値下がりが気になる。
5月7日
連休が終わった。午前中二年ぶりに家の裏の掃除をしかけた。らえらい、少し働いただけで疲れる。中にはのゴミ掃除をして今日の作業はやめた。さっそく車を運転して万灯の湯にでた。ら一人入ってきた。私は外湯に一人浸かり、ゆったりと「長良川演歌」を歌った。声を張り上げて歌っても誰も聞いていない。食堂を覗いたらいつもの姫路からくる常連客が奥さんと二人で飯を食って居た。「やあこんにちは、今日は帰りますわ」と声かけて帰った。
帰ってすぐにビールを飲んだ。風呂やでビールを飲むわけにはゆかない、ビールを飲んで風呂に入ったら、血圧があがりひょろ付いた。幸い横のお客さんがブザーを押したのだろうか?風呂屋の係りの女の人が飛んできた。「救急車よびましょうか?」と言われた。風呂に入る前にビールをのむのはもうこりこりである。
5月6日
政治家は科学的に学ぶのではなく、経験から学ぶ。政治は場数を踏む必要がある。と、東大名誉教授、第217代東大総長の言葉である。東洋経済5月12日号。学ぶとはどうゆうことか。の中に書いている。その東洋経済に北海道大学院教授山口二郎氏は「内輪もめを解消する好機。「生活第一」で立て直しを。と論文を書いている。同感である。「小沢無罪判決と今後の民主党」この山口二郎氏は民主党の現在の主流も小沢グループも「生活第一」と言う原点に戻り、政策構想を鍛えなおすことがひつようである。現在世論調査では55%の人たちが解散すべきではない。と考えている。消費税増税の先送り、もう一度民主党政権奪取の原点にもどりマニフェストの再構築を望む声が大きいのである。
昨日はおジロンの湯に入った。「山口県から来ました。」いい湯ですね。と言う。今日は久しぶりに万灯の湯にでた。連休も今日が最後である。温泉もはやって居た。
5月4日
神戸に行ってきました。和田山に車を置いた。神戸の姉と義兄が元気だろうか?最後の訪問である。姉は88才、義兄87才くらいだろうか?私は漸く82才を超えた。自分の余命を計算している。最期の別れの積りで訪問している。が、最後の別れだなどとは奥眉にも出さない。和田山の太田畜産に入った。ら、奥さんが店頭にいたので、「適当な品の牛肉を一キロください」と注文した。870円です。と言う、「神戸にゆきます」と言ったら「何時間かかりますか」「二時間かかります、」と言うたら冷凍の薬を白い箱の中に入れてくれた。8700円支払つた。「旨い」と神戸の姉たちの家族がみんな喜んでくれた。
すき焼きの材料の野菜は「理恵」が買ってきていた。姉の家について直ぐ散歩に出た、ら、近くのスーパーで缶ビールと酒が見つかった。毎日の癖である。姉の家に来てもすぐに「ビールを出せ」と注文するわけにはゆかない。義兄ともろもろの話をしながらビールひと缶開けた。理恵は夕食の準備をしてから子供たちを呼びに家に帰った。「6キロ離れた家に住んで居ます。」核家族の時代だが親子、孫、ひい孫が近くにすんでいる。
その晩私は姉の家に寝た。10時半まで話した。あくる朝6時過ぎには目が覚める。神戸西区の家の近く散歩した。あの朝私は飛び起きた。20年近く前である。阪神大震災のあくる日、この姉の家にトラックで災害復旧のために訪れた。近くには大きな家があった。「辻本」と言うボスの家がある。農地解放以後、貧乏百姓が土地の解放を受けて、農地を取得し、土地価格暴騰で高値売却。大変な資産家になつた人たちがいる。時代の変化である。
日本の国も、もうそろそろ時代が大きく変化するだろう。同じ時代が長く続かない。歴史は70年で回転している。世界の歴史も大きくかわりつつある。
明石のバス停で御婦人とであった。「明石の駅まで行きます」と話した。駅に着いたら反対方向に歩いていたがすぐに気づき駅の方向に歩いた。明石の駅も長いこと来ない間に大きく変わっていた。その御婦人に案内していただき切符を買った。エスカレーターの方向を教えてくれた。「新快速」に乗る場所と姫路方向を丁寧に教えてくれた。御婦人は三宮方向の電車に乗った。「僕は膝が痛くて毎日温泉に行っています。一年になりますが回復してスキーが毎日できるようになりました。ハチ高原、氷の山から来ました」短い時間に会話した。電車に乗ってからも長い間手を振ってくれていた。
わずかな時間でも「出会い」と別れがある。私はどこに行っても知らぬ人たちにすぐ声を掛ける。癖ができた。世界の旅をして世界中の人たちとすぐ仲良しになる。声を掛ける。話をしかける。そこに出会いと別れが発生するのである。もうすぐあの世界に旅立つ。予感がしている。旅立つ準備。兄弟、親子、親族、村の人々、地域社会の人々の幸せを祈りながら、兄弟姉妹喧嘩をしないように、相続が争族にならないようにと、、話している。
5月3日
毎日のように有線テレビで野生動物の保護、人間より動物を愛護し、人間が生息する地域がますます狭くなってゆく方法を毎日のように宣伝しています。養父市の有線テレビは誰のためにあるのだろうか?私が生まれたころ、昭和30年代には氷の山には熊は一匹もいなかった。鹿やイノシシは一匹もいなかった。田んぼや畑は家の近くまで柿の木や野菜など多く作っていました。戦後多くの動物愛護の都会の運動で次第に農村での生活が追い詰められてきました。但馬の過疎集落。声を上げる農民は一人、また一人と村から去ってゆきました。現在村には猪や鹿、熊に追い詰められて、声を上げる人は一人もなくなりました。過疎化はますます進行しています。養父市の有線テレビはそうしたことに拍車をかける報道を、これでもか、これでもかと放送しています。誰しも住民は苦々しく思って居ても、誰しも声を上げる人はいません。こんな放送、住民の顔を逆なでする放送、ただちに廃止してください。

5月1日
大屋アート村。過疎化で廃校になった大屋高校跡地が利用されていました。多くの作家の作品が展示されていました。朝来芸術の森。に匹敵する作品が展示されている。私の友人、元朝日新聞企画委員だった白鳥正夫さんを講師に依頼して講演会を開いたら、またいろいろな芸術作家の個展を開いたらよろしかろう。が、過疎の村大屋では個展を開いても採算が取れないだろう。京阪電鉄の沿線の百貨店なら多くの人が集まるが、如何にして多くの人を集めるのか?がポイントである。但馬文教府で絵画の個展を開いているが、なかなか人が集まらない。通過客も少ない大屋の町の高校跡地に無料の作品展示は、維持、人件費、など大変だろう。が、一見に値する作品です。


大屋水バショウ。満開です。 おおやアート村


大屋高校の跡地にアート村が開校。さまざまな作品が展示されています。が、同じ作品を何時までも展示していても、見学に来なくなります。展示作品を絶えず更新することは大変な金がかかります。「文さんの日記」も絶えず更新、多くの読者を引き付ける努力をしています。ホームページを絶えず更新するためには、いろいろ様々な政治評論。経済評論、小説、時事通信など日々変わりゆく時代の様相を記録してゆく必要があります。
水バショウは後、数日で花から草の成長に変化するようです。村人の無償の番人の努力で水バショウ公園が維持されています。ボランティアで村の当番が交代で来ていました。御苦労さんです。
4月30日
大幹線林道が開通していた。氷の山国際スキー場を通り抜け、更に車を進めた。雪はほとんど消えて居たが、時々残雪がある。窓を過ぎて鵜縄側の駐車場までゆき引き返した。氷の山が見える。東尾根の登り口で写真を撮った。河川公園には数十台の車が押し寄せて居た。
ここから昇り、布滝コースで頂上、東尾根に下るコースは最高だろう。奈良尾の野外活動の炊事場付近の桜が満開になっている。桜とともに葉桜も咲いている。今見ごろです。後10日から半月すれば大幹線林道から氷の山登山の駐車場まで登ることができるだろう。
福定親水公園登山口 | 東尾根登山口 | 大段ヶ平登山口

4月28日
但馬信用金庫。文化講演会。豊岡市民会館、戦場カメラマン、渡部陽一氏、世界130カ国赴く。講演を聞きにゆきます。
午前中出石の乙女の湯に入り、午後1時から市民会館にゆく。乙女の湯で話ていたら「八北から来ました近くの温泉は知った人が多いので」と言う。更に話していたら「中大谷です」と言う。「うちの村からやえのさんと言う女の人が嫁に行っていますが」と言うたら「ああ今岡さんですね」川口工務店に10年あまり努めて居ました」らしい、「川口さんならうちの親戚ですよ、普請するときには頼みました」と話しに花がさいた。
豊岡まで走り公民館の食堂に入ったら、焼肉の定食を注文したら、50分またされてやっと出てきた。こんなことなら出石の温泉で食べてくればよかった。
一時に始まった。ら、パソコンの調子がわるく1000人を超す聴衆の前で等々パソコンが映らなかった。水戸黄門が出てパソコンの調子を見てやろうか?と考えたが面倒くさいから見て居た。ら、とうとう映らない。大変な失敗である。だから講演会の前にはリハーサルが必要なのである。話はイラク戦争の話、シリア、レバノンなどの話なら私のほうが多くの動画を撮ってきている。一生けん命動き回って、歯切れよく、わかりやすく話すので話の中身は何もなかったが、聞く者にはわかりやすかった。
が、カメラマンと言うが私は10数年間動画を撮ってきているからモツト見る人にはわかり安かろう。が、文章なら負けないが、身振り手ブリの芸当は水戸黄門にはできない。帰りは神鍋のトンネルを通った。ら、入り口のところにパトカーが餌を待っていた。この間このはな君がこのパトカーに捕まり、17000円とられたと話していたから気を着けていたら、魚釣りの餌を待っていた。トンネルの中も60キロ以上出さないように、メーターを見ながら走っていたら後続の車が連なってトンネルを出た。ら、そこにも村岡警察が待っていた。このトンネルを通る運転者の皆さんよ。魚釣りに気をつけましょう。
水戸黄門は何時もメーターを見ながら、後の車に気を着けていつも走っているから魚釣りには引っかからないよ。運転免許を取ってから40年間、スキーの運転でもスキーを履いたら絶対ビールを飲まない。[飲むなら乗らない、乗るなら飲まない」を実行して40年過ぎた。従ってこれまでにはスキーも車も違反は一度もしていない。と、「但馬に生きて」に書いた。書いた以上死ぬまで違反はしないように、特にスピードに絶えずメーターを見て走っている。
4月26日
春風、秋良しと言う。朝散歩していたら凄い風である。熊次小学校の桜の花が吹雪のように散っていた。桜吹雪である。風が吹くと若芽の木の芽が一斉に噴き出す。桜の花の下から若葉の青葉が芽を吹き出している。氷の山の残雪もこの風で目に見えるように消えてゆく。春は台風のような強風とともにやってきている。下の写真の残雪もどんどん消えてゆく。昨日、有線放送の情報課に、花見の日に撮った動画フイルムを届けた。津崎君は総務課に代わっていた。いつもテレビに出てくる彼女にフイルムを渡した。藤原文男です。と伝えた。次の土曜日くらいから放映されるだろうか?
氷の山の雪も五月になるとドンドンと消えてゆく。大水が出ている。暖かい風は雪を溶けさせる。春よ来い。

4月25日
花見が終わりました。が桜満開。まだまだ見ごろです。今日も天気最高。明日は雨らしい。
私は水戸黄門の文さんである。言いたい放題、書き放題。つまりこのホームページはフィクションである。とお断りしています。
私水戸黄門は藤原教の教祖であることを始めに宣言しておく。
ところが私に楯ついた市会議員が「ET砲台」と言うブログを書いている。彼は養父市の市会議員である。が文章が下手だ、市会議員の肩書では何も本当のことがかけないのである。私は戦後60数年間色々さまざまな思想、宗教、哲学、文学、実際の政治運動に自分の人生のすべてを投入してきた。
多くの政治家と付き合った、宗教の世界では、大本教、天理教、仏教のいろいろさまざまな宗派、キリスト教、イスラム教、カトリック教、創価学会、共産党、自民党、社会党、佼成会など多くの宗教、思想の研究に世界の旅を続けてきた。
ではなにを言いたいのか、最近共産党が゜「赤旗」を買ってくれとわざわざ水戸黄門のところに来たので、日曜日版を買いよんでいる。が、大分編集方法が慣れてきている。一昔前、谷本さんが勧めていたころの赤旗に比べると勉強している。時代の変化なのか?今頃の人間は面白く書かないと新聞が売れないのである。公明党だったか、創価新聞だったか、一昔前買ったことがあったが、自分の宗教の宣伝ばかりしている。佼成会の新聞、ひと月にたった100円だから仕方なしに買って居るが、全く面白くない。へたくそな編集である。赤旗、一か月800円らしい。「高いから負けよ」といったがあくる月から送りつけてくる。まあ、一年に一万円くらいなら買ってやつてもよいだろうと黙認している。が、朝日新聞はおじいさんの代から70数年間読んで居る。
朝日新聞元企画委員の白鳥正夫さんとの付き合いで、大阪のホテルで編集委員のなんとかさんとも、一杯飲んだことがあるから、あまり悪口は書かないことにしている。私の「但馬に生きて」の本出版のときには朝日新聞、但馬版の編集記者が関宮公民館まで来てくれて、半ページの宣伝文をただで書いて載せてくれたから、あまり批判しないことにしている。が、朝日新聞は消費税増税のキャンペーンを展開している。
消費税増税には水戸黄門は反対である。なぜなら、消滅しかけている民宿は10%も税金を上乗せされたら、スキー客や林間学校の生徒が泊まりに来てくれなくなるからである。いままでは消費税分は民宿が身を削り支払ってきたが、もう我慢の限界である。スキー客激減。林間学校の父兄負担の増加。つまり宿泊客減少になるのである。
明日、小沢さんの裁判が確定する。消費税増税に反対する小沢総理実現。の旗を上げよう。「民主党など糞喰らえ」である。自民党も同じ穴のムジナである。政党など頼りにならないのである。では「藤原教」いよいよ旗を上げようか?が、まあ年をとりすぎている。が教祖は年をとるほどありがたがられるのかもしれない。
4月24日
23日桜の花が満開になりました。水戸黄門が待っていた桜、熊次小学校に歩いていたら誰だかカメラを向けて居た、校庭のカメラの男に近づき声をかけた。ら。「羽淵と言います、平成10年ごろから14年ごろまでここの学校の校長をしていました。」「大屋のみやげゃーです」と言う。更に「あなたはこの裏の草谷山荘の主人と違いますか」と言う。「そうです、僕の従兄弟はみやげやーえの中尾巌といいます」とさらに話は続いた。「母親の系統は大屋町栗の下、小畑英機です」「10何年かまえ、出石町の小坂小学校の校長に従兄弟が初めて赴任したころ一度、挨拶に行きました、鳥居の里ですね、最近木村尚子さんが「農業学校のーら」を立ち上げて頑張っています。」話は進んだ。「私はそのとき小坂小学校の教頭をしていました。」と言う、桜満開の熊次小学校と氷の山の残雪。明日、桜の花見をします。11時からします。会費1000円どなたでも受付します。
熊次小学校のころ藤原さんの本「しらにしの吹く頃」を読みました。文学者ですね」と言う、二三年前「但馬に生きて」を書きました。と話した。桜は満開の熊次小学校と氷の山の映像のコントラスト、滅多に見られない明日からしばらくです。
氷の山,鉢伏山山岳スキー。創立50周年、先輩の霊を偲ぶ会。
主催。熊次小学校桜の花を観賞する会。
日時、平成24年4月24日。午前11時。集合。
場所、熊次小学校。
昭和37年春三月中旬すぎに氷の山鉢伏山岳スキークラブ。一行9名が信州志賀高原スキー場に遠征した。大阪駅から夜行列車で朝ついてすぐにリフトを乗り継ぎ、横手山山頂に登った。標高2305M、そこから湯田中の渋温泉まで滑り降りた。20Kmはあっただろう。信州遠征は現在のスイスのスキー場に行くくらいの大遠征だった。私の手記「しらにしの吹く頃」に書いている。そのとき一の本君も一緒だった。大久保の藤原孝士、福定西村春夫、西村義雄奈良尾長村豊、藤原文男丹戸森本貢、田淵昌行、田淵寿一、一の本明英。以上9名のツワモノだった。あれから50年の年月が過ぎている。そのう2名なくなっている。私たちの信州遠征がその後のハチ高原スキー場開発に貢献したことは事実である。
呼びかけ責任者。藤原文男、事務受付、田淵寿一。参加者はお知らせください。どなたでも受け付けます。
発起人。藤原文男、田淵寿一、西村春夫、西村義雄、葛畑西谷先生。集合の範囲、鉢伏スキー場関係者。
会費1000円。但し、寄贈の品、当日会費受付ます。が、寄贈の場合前もつて田淵寿一までお知らせください。
桜満開の熊次小学校、校庭での桜観賞。先輩を偲ぶ会。天候は最高。桜満開です。
角野進君、一の本誠君、森本貢君、田淵万寿夫君、一の本明英君、藤原光男君。の慰霊。
慰霊を偲ぶ会。開会、黙とう、読経、挨拶、経過報告、
食事、昼飯の準備します。必ず前もって田淵まで連絡ください。多数参加者、任意に参加してください。
酒ビールが出ますので車の運転はご遠慮ください。雨天決行します。
田淵寿一電話。667-8509。丹戸。
志賀高原スキー場。

4月22日
ああ面白かつた。但馬県民局夢テーブル委員会。隣に牧野裕美子さんが座った。平成40年の先の夢を語る会である。この間から、村の老人会、関宮老人クラブ連合会の会合に出たが面白くない。年よりは「こせこせしとる。」自分も老人だがこせこせするのは大嫌いである。夢を語ろう。ああ面白いな~。夢テーブル委員会。牧野さんのグループに入れてもろう。次の会合が待ち遠しいな~。水戸黄門
後向きの話など聞きたくない。老人会は後向きの人間ばかりだ。こんな老人会の世話役などしたくないが、90才過ぎのお婆さんが必死で手をすり合わせているから、致し方なく世話役をつづけている。。が、長く続けていると癖が出るからやめたいと思うが受け手がいない。困ったことである。意を決して老人会を辞めることにしたが、次の受け手を探さないと逃げるわけにもゆかないのである。が、今日の夢テーブル委員会、10年ぶりに再会した人たちも多い。但馬を映像で発信する会の久保さんは欠席していた。牧野さんのグループ、期待しています。よろしくお願いいたしますね。水戸黄門
4月21日
昨日関宮町老人クラブ連合会があった。が、途中エラくなったので帰ってきた。役員改選など興味が沸かない。明日は但馬文教府で県民局の夢テーブル委員会が開かれるから参加するよていである。県民協働室から資料が送られてきている。八北温泉の久屋の田淵さん、観光客2000万人が来訪するような活動を掲げている。大きくでたなー。映像の会から久保さん、牧野祐美子さん、但馬史研究会から曽我一作さん、文教府の生活創造応援隊から田中美智子さん、八鹿町の辻本康次さん、大笹の西谷瑞雄さん、など友人知人が多く参加している。面白そうである。さてどの会にはいろうかと、思案中である。
4月19日
「明日関空に行くから車に乗れいや」と、また始まった。このはなの癖である。朝3時半に目が覚めたので起きて飯を食った。パソコンを開き、五時過ぎから新聞に目を通した。2閣僚問責決議案提出らしい。うんざりである。自民党もこんなことにうつつを抜かしている。消費税などと通らない方が良い。誰も自分が損してまで法律が成立することを願うものはいない。だから消費税が通らないように邪魔してほしい。が、
「何しに行くんだ」車が出発してから後の席に座っていた祥介君に聞いたが、「さあ」と言う。どうやら関空に、北海道に行く飛行機が安く乗れる方法を聞きに行くらしい。そんなことならインターネットで検索すれば即座で調べることができるのである。そんなことは朝飯前の水戸黄門であるが、関空の空気を吸いたいから車に乗った。
この前高野山に行くとき通ったコース、舞鶴道から中国道、池田から湾岸線に乗り、泉佐野経由で関空、帰りは泉佐野JCT経由、近畿自動車道、吹田から中国道、舞鶴道、和田山に帰るコースを選んだ。関空では「ガンコ寿司」を食べた。美味しい寿司だつた。魚が新しい。よく流行鮨屋は新しい魚が出せる。流行らない鮨屋はどうしても魚が古くなるのである。うまい物をあちこちで食べて居る水戸黄門は寿司の味にこだわる。うどんも祥介君が注文してくれた。が、食べすぎて満腹。が、うどんはあまりうまくなかった。和田山の温泉の鍋焼きうどんのほうがうまかった。
関空のロビー。 桜満開。
4月18日
「明日関空に行こう。」とこのはな君からメールが入った。朝三時半に目が覚めた。ので起きだした。朝飯を食べて準備。6時出発らしい。関空になにしに行くのだろうか?別段聞いていない。まあ、車に乗り込んだらわかるだろう。二十日は関宮町老人会の日である。22日は但馬県民局県民協働室主催の夢テーブル委員会が始まる。24日は桜満開だろう熊次小学校での先輩を偲ぶ会が始まる。いよいよ忙しい春がくる。
関空に11時ころ着いた。何の用事もないのに関空までドライブ。このはなのやりそうなことである。昼飯にガンコ寿司にはいる。
五時半過ぎに家に帰った。疲れた。今日は中瀬の方も一斉に桜の花が咲いた。沿線のほとんど全部桜満開のドライブだった。
4月11日
一の本明英さんが亡くなった。昨日朝多くの家族親戚の人たちが来られた。五光の車から遺体が運びこまれた。西村幸次郎さんの奥さんが「兄が亡くなりました」と外をぶらついていた私に話された。私の家のすぐ下隣であるから、丹戸と奈良尾とは部落が違うので村としての葬儀には行けない。が、11日の今晩お通夜だろう。明日葬式。私はもう夜のお通夜や、葬儀は遠慮したい。息子が家の代表として参列するだろう。
4月12日
但馬文教府生活創造応援隊の発会式の日である。豊岡に出かける。葬儀は昨夜のお通夜で代行。晴天である。
4月10日
イランを訪問した元総理大臣鳩山さんが波紋を読んでいる。イランとはどんな国だろうか?

私が話した五人のイランの家族
イランの旅研究
イランは古い文明と歴史を持つ国です。イランを旅して各地方の古い遺跡を見ることで、人間が社会で生活をするためにどのように秩序が作られていったかがわかると思います。「文明の道」を見ることで、イランの歴史、文化、風俗、習慣の一部を知ってもらえたら幸いに思います。 日記ふうに毎日、パソコン持参で書き込んだが、私にはそれほど太古の遺跡などどちらでもよかった。問題はある程度の過去の歴史の中から、現在のイランを知り、イスラームの思想と世界の動きを知りたかった。従って近代のイランの歴史、現代のイランの現状認識が最も興味と研究の焦点にすえて、いろいろ様々な本を読んでいる。
第二次世界大戦後イランはアメリカの強い後ろ盾のもと、「白色革命」と称する工業化を推し進めた。国王による白色革命は貧富の差を広げ、農村の荒廃を招く結果に終わった。国王の圧制に対する民衆の不満は高まり、その動きは全国に広がり、ホメイニー師を代表者に担ぎあげた。1979年1月アメリカと親密な関係にあったイラン国王パーレビが国外に追放された。大規模反国王のデモがイラン全国に広がり、国王は権力の座を追われた。
4月9日
パキスタンに旅行した70名がパキスタン政府により救出された。と、新聞テレビで報道している。以下読んでください。
あくる日、インダス川に別れを告げギルギット川を渡りフンザ川の見える所まできた『フンザは今紛争が起きていて警察署が焼き討ちに合い通行出来るかわかりません。連絡を取って見ますから後三十分待ってみて下さい』当地の警察署長が来ていた、この間からの雨で河川が増水し食料やガソリンが欠乏していたそのためガソリンを要求するデモが行なわれ警察が鎮圧に乗りだし不安な政情である。 暫く情報の入るのを待つ事にした、車にはガソリンを屋根に一杯積み込んだ、私たちはパキスタン政府の援護によって安全に警固されていたやがてバスは動き出した。ナンガパルパット「八一二五M」が見えてきた。素晴らしい景観だ天空はるかに屹立するヒマラヤ山脈の明峰、私たちは何枚もその写真を撮った。途中には、チラスの岩絵があった、
漸くフンザの町についたこの村に二日間滞在した。 フンザ川左岸がフンザ王国である、標高二千四百五十四メートル、柳、あんず、梅、柿、栗、くるみ、麦日本の私たちの地方とよく似た植物が旺盛に育っていた裏山に白雪のラカボシ七千七百八八メートルが聳えていた、丘の上の奇麗なホテルだった、私たちはフンザの人たちから大歓迎を受けていた。パキスタンの女性は顔を人に見せない、然しフンザあたりまで来ると女性も素顔を見せていた。
このあたりの種族はガンダーラ地方と違うのだろう、私のパキスタンの旅にかいています。
残雪の熊次小学校の桜。まだまだ咲かない。
4月7日
お米の勉強会、村山日南子様。
この間久保さんからメールが入っていた、山形大学江頭先生の講演会。日高町「農村環境改善センター」2階。ひょうごの在来野菜種保存会。山根成人さん。代表主催の講演会、が日高町農村環境改善センターで催されていた。お米の勉強会、村山日南子さんと初めて名刺交換をしました。どこかで見たことのあるような感じの人だったので声をかけました。
私の家は、現在息子が三反あまりの田んぼを耕作している。戦後この田んぼ二反歩を77万円で買った。今の金なら数千万円だろう。息子に農業を全部譲った。7反歩の田んぼ減反し、現在三反歩、米を作っている。昔から戦前戦後米作りしたが、家の自給自足以外売りもしない、米を買わない。自家用に必要な米作りをしている。民宿に必要な米つくり、息子や嫁たちは毎日パンを食べて居るが林間学校の生徒、冬のスキー客に自家用米を提供している。民宿も日帰り客で宿泊する人は減ってきているが、家で造った米を冷蔵庫に保管、食べさせています。電気代が高くつくがその時いるだけモミすり、精米機で精米にして食べさせています。従って一年中美味しい米の飯を焚いてたべさせているようです。
草谷山荘に泊まったお客さんは「ご飯が美味しい」といいます。何故でしょうか?米は必要な時モミ摺り、精米、してすぐ食べると美味しいです。昔は土蔵にモミで保管していました、モミすりしてすぐに精米機で精米にして食べると美味しいです。草谷山荘は民宿のお客様に美味しいお米を提供しています。
兵庫県の最高峰、氷の山から湧水が湧き出した水から田んぼに注ぎ、米を作っています。従って体に毒になる水は入っていません。奈良尾民宿村のお米は、そして野菜はすべて自給自足です。是非一度息子たちが経営する氷の山国際スキー場、奈良尾民宿村、草谷山荘に来て下さい。
私は水戸黄門の文さんです。これは宣伝です。詳しくはホームページ
4月6日
平成24年度養父市一般会計予算書がインターネットで公表されています。がなぜだか6ページしか表示されていません。印刷しましたが議案第33号歳入歳出予算、債務負担行為。地方債。一時借入金、と、第5章のみで各項目の発表がなされていません。なぜでしょうか?インターネットに発表しない理由についてお聞きします。昨年まで発表していました。

にこやかに私を見下ろす兵庫大仏。 須磨寺にて文さん。

4月5日
平清盛展、神戸視察、ハーバーランドにて昼食。日本三大仏の一つ兵庫大仏。清盛塚、神戸博物館、須磨寺、は広大な寺院領域だつた。四国88け所を回ったが須磨寺ほどの寺はなかった。石づくり13重塔。など多くの貴重な清盛の遺跡をまわることができました。お世話下さいました曽我一作さんに感謝申し上げます。田淵兼光君も感動していました。こんな有意義な小旅行な近年になかった。ありがとうございました。
万灯の湯愛好会
4月4日
明日は神戸まで行きます。平の清盛展、但馬史研究会。朝7時35分八鹿ペア発。夕方6時には帰ります。予定です。今日は午後天女の湯に出た。
昨日は新温泉町の薬師の湯に入った。設備は天女の湯が良い。但馬の温泉で設備が良いのは和田山の温泉だろう。がそれぞれの特徴がある。
水戸黄門の膝は万灯の湯で完治した。階段もトントントンと歩けるようになった。だから毎日万灯の湯にゆくのである。独特の常連と、お客さんが付いている。どんな商売でもそこに勤めて居る人たちの必死の覚悟と愛そうで商売はなりたつのである。三宅や大谷の百姓の造った野菜販売と、独特の食事があるから多くの常連と客が増えて居たのである。養父市はこの方針を捨ててはならないだろう。苦労して努力した京福鉄道の経営努力に感謝し、その経営を受け継いで更に発展するための施策を講じなけれりばならないだろう。市会議員に目の明く議員はいないだろう。大屋町、関宮町、養父町建屋地区、八鹿町八木、高柳の万灯の湯愛好会の皆さんの声である。
万灯の湯愛好会
昨日まで大変な強行軍だつた。高槻市の山奥まで日帰り旅行だつた。「高槻より五百メートル高いです。と食堂の主は話した。京丹波地方は風速35M
を記録していた。朝、関宮町役場に出た。老人会の決算書類を係りの井上君に届けた。万灯の湯が閉鎖されている。国道9号線を走った。香美町からトンネルを抜けると新温泉町になつた。「湯村温泉薬師の湯」についた。別嬪さんの女の人に400円払った。温度は少し暑かったがいい湯だつた。久しぶりの湯村の村を通り帰った。ら湯村の掲示版に「暴風警報発令中」と見た。ので急いで帰った。
帰ってからテレビを見ていたら日本全国、暴風と台風、竜巻の嵐が吹き荒れて居る。5日は但馬史研究会、平の清盛展が神戸で開かれる。この間「歴史の旅」「平の清盛」の雑誌を買った。歴史書は読んで居るつもりだったが、一人ひとりの武士の歴史まで研究していなかった。参考になつた。また5日神戸の市立博物館に行ったら報告します。6日は奈良尾村の老人会を企画している。万灯の湯が休みの間はいろいろな温泉に行って見よう。

亀岡大本本部。明智光秀の居城。
4月2日
朝4時目が覚めた。トイレに行きまた寝ようか?と考えたが、携帯を開いてみたら田淵兼光君からメールが入っていた。
「高槻まで森林の話で行くから朝7時、寝床まで起こしにゆくから、車に乗れ。と言う。田中祥介、藤原春雄君も同行らしい。このはなと言う男は何を言い出すのかわからない?が、蛇に狙われたカエルのように、猫に狙われたネズミのように、ついついついて行くから不思議である。田中祥介。この男ほど面白くない、後ろ向きの男はいないだろう。何十年も昔の話ばかり、長ったらしく、いつ終わるのか?聞く方がよっぽど辛抱がいるのである。人の悪口ばかりながったらしくする男である。
この男たち水戸黄門のホームページを何時も検閲しているらしい。文句があるなら自分のホームページを立ち上げて意見発表すればよろしかろう。世の中には嫌な男でも付き合わなければ世の中が渡れない。場合があるのである。
まあ、高槻に森林の話など、何の話だか分らないが行ってみよう。もう十数年前、「車にのれいや」と「このはな」が言うから乗ったら姫路の駅から切符を買って居た。「どこまで行くのか」と聞いたら東京の切符だった。「まあそんなら五万円だすわ」と懐から五万円札を渡した。いつも他所に行くときには10万円懐に持って出て居た。が今頃は金がないからせいぜい三万円くらいしか持って行かない。東京の浅草まで行き、ラーメン一杯食った。何者か男が待っていた。スキー場のリフト建設の話らしかった。が実現する話ではなかった。 また車の中で糞面白くもない話を聞かなければならない。とわかっていても蛇に狙われたカエルのように、倒とう車に乗るはめになった。また帰ってきてから書きます。水戸黄門。
高槻市バイオマス、コークスを製造するための設備だった。廃木を集めて粉砕し、それをコークスとして再利用する施設らしかった。が高槻の町の山間部にも大変な辺鄙に山奥の林業地があった。森林組合が視察に行ったらしかったが、大阪府森林組合が設備の機械も一切投資していた。田淵株や養父市の森林組合で対応できる事業ではなかった。こんな施設をなけなしの金を投資して創っても採算は取れないだろう。所詮、国、県、府の補助事業ですべて賄われている。つまり税金を投入しないと出来ない事業である。この事業で粉砕したのこぎりカスを固めて燃料にしても、販売に苦労するだろう。投資資金、その金の利子、償却費を計算すると赤字企業で倒産するだろう。が、まあ一つの廃物利用の方法ではある。田淵株などちっぽけな組合で取り組む事業ではなかろう。が、参考にはなった。が、雪深い但馬では採算は無理だろう。多くの除雪費用と、冬季間は仕事ができない。雪の少ない地方でないと取り組む気も起きないだろう。
3月29日
高野山参りから帰る。疲れて居た。朝写真を張り付ける。午後また温泉である。日竜寺に妻17年回忌や父の33年回忌。去年は法事ができなかったので年忌供養をした札がありますかにらとりに来るよう通知を受けて居た。

高野山お参り一行。
高野山に参った。平野、秋岡、村岡の人たちと一緒だった。草出の女の人たちも三人お参りしていた。「これから始めますか?」と聞いたが確答はなかつた。森林組合などでOB会などであっていた養父町のメンバーが新たに加わっていた。この人たち四月から始めるだろうか?
今回は40名参加していた。
3月28日
四国88け所参りを終わり、高野山参りの日である。朝2時半に目が覚めた。面倒くさいから起きだした。と言うよりこの前のように目が覚めたら6時、バスは和田山を走っていた。急いで和田山駅に車を止めて姫路から新幹線岡山の駅、から高知まで特急、高知から足摺特急3号でし四万十川に近い窪川の駅、タクシーで岩本寺、やっとバスの一行に合流した。今回は満願御礼の旅である。絶対に遅れないようにしなければならない。バスに乗ってからビールをひと缶引っ掛けて眠ればよいだろう。とパソコンを開いた。以下の写真を載せた。
素晴らしい作品があった。生野まちづくり工房、「井筒屋」。但馬県民局勤務の井上裕美子さんのご両親。大林秀雄83才、あやこ82才、合わせて165才の記念作品が陳列されていた。3月26日いったら、月曜日休み、あくる日の27日再び生野まで車を走らせました。田淵兼光君83才運転の車にのつた。
香美町実山の能面作家の田淵君の弟も乗っていた。田中祥介、他5名で生野まで走った。私は天女の湯に10時すぎから入った。温泉から出てみたら迎えに来ていた。生野工房をでてから銀山湖を経て黒川温泉で昼飯を食べた。うるさい田中庄助の独演を聞きながら多々良のダムを経て帰ってきました。以下は大林さんの作品です。奥の土蔵の中一杯陳列されていました。3月31日までです。


此処に陳列されているのは、そのほんの一部の写真です。是非行ってみて下さいね。ありがとう井上さん。
鶴竜と白鵬の優勝決定戦が終わった。こんなに面白いおお相撲はなかった。表彰式を終わった。本当の激突だつた。裸のおお相撲。技能賞、敢闘賞。内閣総理大臣賞。藤村修内閣管房長官。白鵬優勝。春のおお相撲、大阪会場。奥さんだろうか?後で見て居た。モンゴルの総理大臣賞。千秋楽が終わった。
3月25日


生活創造活動コーディネーター 松永さんからメールが届いた。但馬文教府の生活創造活動の依頼である。私はいつか限界を感じて居る。が、以下のような依頼状が届いたので、今年も参加することにしている。

日高病院前、万代にて。関宮町同友会新年会。
3月24日
万灯の湯に出たら、落語会が開かれていた。耳が遠くてよく聞こえなかったが、げらげらと笑う人たちがいた。面白いらしい。明日から映画会がある。31日最後の日が一番よさそうである。温泉や台村、焼きそば、餅つき大会は二時からである。いか焼き、「牛串」レストラン楓のステーキがうまそうである。抽選会も31日である。大勢の参加を待っています。らしい。
今日だつたろうか?明日だろうか?兵庫県会議員の講演会があるらしいかった。水戸黄門はもう行く気がしない。毎日日本の国会の議会をみている。国の財政経済の動きが地方の隅々まで伝わる。兵庫県がどちらを向こうが、こちらを向こうが変わらない。県道中瀬、吉井バイパスは一つも進展しない。脳無の県会議員の話を聞いても、実利益はないだろう。今の時代は自分達に利益の上がる方法を提供する議員でないと役に立たないのである。
が、県会議員などに魅力ある人はいないだうろ。兵庫県などあってもなくても地方交付税が増えることを誰しも願っているのである。
明日、24日自民党の会合らしいが、養父市、関宮町の良くなる方法、氷の山国際スキー場、ハチ高原スキー陽。観光産業の発展を企画しないなら、自民党など糞くらえ。なのである。ああ面白いな~。水戸黄門
横綱白鵬が負けた。稀勢里が勝つた。AIJ投資顧問が厚生年金基金で損失をだしている。企業年金顧問らしい。大学出の素人が投資顧問の会社に入り多くの月給を貰いながら、会社は多額の月給を支払って居る。そんなことはよそのことではない。関宮町内の銀行でも、知りもしない銀行員が投資信託を進めて居る。去年か一昨年買った投資信託はみな損失である。が、投資信託を買ってすぐ売っても莫大な損失である。水戸黄門は銀行員に、そんなもの売らないように注意したが、銀行の方針で売っていた。市内の銀行である。
儲からないものを売り付けて居る素人の銀行員。上司の指示だからやむをえないだろう。今回の投資顧問。素人の集まりの会社である。水戸黄門、今回の値下がりで100万円ほどの損失を出したが値上がりでほぼ損失を回復している。儲けなくともよい。が。銀行も投資会社も多くのサラリーマンを雇っているから、損失を取り戻しても人件費の出費はとりもどせないのである。わかりましたかなー 。水戸黄門の方が一人で投資を楽しむ。道楽な投資である。から損失は水戸黄門の人件費は計算しなくともよいのである。皆さん、難しい計算方法判りましたかなー。水戸黄門
養父市でもそうだ。素人の官僚とは行かない役場職員。あくびをしていても仕事を続けなければならない。が、60才定年らしい。まだまだ有望な人材も60才になったら退職しなければならない。自分の家の仕事ならまだまだこれからなのだが、可愛そうに。退職するなら安くても日雇いで使ってやれば役に立つ人間は多い。「万灯の湯」三月一杯で京都の電鉄会社撤廃らしい。四月一日から養父市に変わるらしい。が、毎日風呂に入りに来ているお客さんに、一日たりとも変化を感じさせないような営業体制ができて居るのだろうか?
例えば、風呂の湯の見回り、使用人の管理体制。食事は良くなればよいが、悪くなったらお客は逃げる。ただで使用できる「あんま機」五台ほどあるが大好評である。これが無くなったら養父市は大変な損失だろう。市長さんよ。市会議員さんよ。お客さんを逃がさないように、ウの目、鷹の眼で頑張ってくださいよ。新しい職員を採用するのも良いけれど、現在の電鉄会社の経営で折角多くのお客さんが回復しています。私は去年の六月から毎日見ています。折角回復した温泉客をスムーズに次の養父市の経営に移譲するためには、しばらく現状の体制でやっていく方が良い。と毎日。見ています。
水戸黄門は従業員一人一人の接客態度を見ています、新しい養父市の体制にするためには半年くらい現状で営業したほうが安定した経営ができると思っています。民宿営業、スキー産業60年続けた水戸黄門の堤言です。
今日、天女の湯に出たら、関宮町で見たことのある男が帰りかけて居た。「やーアー」と声を掛けたが話はしなかった。関宮町の議会議員候補者は頑張っている。まだ7か月先のことである市会議員選挙。八鹿や養父の候補者は「のほほん」としている。が、のほほんとしていても通だろうと高をくくっている。
必死で選挙に取り組む気がしないのであろう。が、命掛けの選挙はもう始まっている。関宮の町からもう一人でるらしい。と、関宮町の町は人選しているらしい。が、人が進めて出るような候補者は駄目だ。大屋の町は呑気な町だ。8億円ただで役場を建てさせた。議長、福市長など出しているから、一銭の利益もない物に役場を建てさせた。財政赤字の真っ最中の出来事である。関宮町は何故必死で多くの議会議員が生まれるのだろうか?
水戸黄門が言うまでもなく、踏みつけられたら反発するのである。イスラエル、パレスチナの民族運動。関宮町の皆さん。団結しましょう。との必死の声が関宮町全土に広がっている。
これは風呂屋談義です。名もない庶民の声なのです。らしい。
琵琶湖観光船。岩間寺を訪問。
3月18日
昨日万久里の竹山さんが家に入ってきた。傍らにいつもテレビで見て居る共産党のなんとかさんを伴って居る。水戸黄門はこの竹山さんに興味がある。関宮町老人クラブの会合に出ると万久里の竹山さんが何時も出てくる。時々手品師としての演技を披露してくれている。「赤旗を買ってくれ」と言う。「まあ、共産党の書いた赤旗など読まなくとも分かっていますよ」と開口一番応答した。横にいた市会議員に「藤原議員はなかなか鋭く突くけれど、すぐに引っ込み、行政の答弁を待つ、のがいつものパターンだ。があんたは少し鈍いよ。が、まあ正直に一生懸命、朴訥に追及している。のがみそですな~。
うわっはっはー」と私は応じた。「赤旗日曜版月、800円です。」らしい、「そんなの高いよ、もつと負けたら買うよ」と私は応じた。が結局「今日のはただにしときます」で赤旗3月18日号をただで貰った。開いてみたら谷本さんから買っていたころの共産党の機関紙「赤旗」とは全く違う編集である。水戸黄門のホームページの方がもつと批判精神旺盛な評論を書いている。が大衆に買って読んでもらおうとすると、この程度にレベルを下げて書かないと、多くのミーちゃん、はーちゃんは買ってくれないだろう。なかなか斬新なページである。これなら読み物としても面白い。宗教の売りに来る新聞などより面白い。今頃世界中探しても共産主義などどこにも無い。中国は自民党より右翼である。ロシアの国は共産党独裁ではない。みんな世界中資本主義国に変化している。水戸黄門はロシアや東欧諸国には行ったことはないが世界中の国々を回った。経験からよく分かるのである。若い時、戦後の日本共産党に興味を持ちマルクス、エンゲルス、は勿論、種の起源、メンデルス、ゾーンに反論する生物進化論の研究もずいぶんした。いろいろな農業進化論にも興味を持つた。生物は環境により変化する。生物の進化論である。

岩間寺
竹山さんは熊次日隆寺住職の弟であり、彼が共産党の議員に立候補する前の年、当時西国33ケ寺の岩間寺に寺の「助っ徒」として寄宿していた兄、高松僧正のところに車を運転させて、琵琶湖、の旅をしたことがある。元町会議員の東垣、上田と四名岩間寺を訪れた。ら、門のところで僧侶の正装をした高松僧正の出迎えを受けた。あれから10年以上たって居るだろう。岩間寺の寺の娘の姉婿が琵琶湖の大きな観光船の機関長を務めて居た。ので、あくる日は琵琶湖周遊の旅をさせて頂いた。その夜は琵琶湖のほとりのホテルに高松僧正とともに泊まった。売春宿の多い町であるが大きなホテルだつた。比叡山に上り、鞍馬のテラ寺を参拝して帰った思い出がある。私は共産党は嫌いではないが、人の造った宗教や思想は信じないのである。世の中の裏も表も知り尽くしている。煮ても焼いても食えない男になつているのである。が、まあ読み物としての赤旗を暫く読んでみようかと思うこのごろである。
公明党や自民党、社会民主党の新聞などくそ面白くもないだろう。新聞は面白くなければ読む気がしないのである。
3月17日
養父市議会が開かれている。この間からたびたび有線テレビを開いてみたが、一向に放送されない。今日6時過ぎに開いてみたらようやく質疑が報道されていた。16日のことである。介護保険料の値上げ反対の藤原議員の質疑。高齢者は値上げしないほうがよいのである。年よりは、もろうものは全部もらう。が、出すものは一銭も出したくないのである。つまり高齢者は欲張りである。国のことなどかんがえていないのである。これが人間の心理である。そこをうまく選挙民の心をつかもうとするのが共産党である。だから多くの支持者が藤原議員にあつまるのである。なるほどそうである。政府与党などにならないほうが多くの支持者があつまるのである。民主党もそれで多くの支持者を集めた。
水戸黄門は養父市予算、第50条なのかよく分からないが一番の関心は氷の山国際スキー場の予算関連法案の審議である。ウの目、鵜の眼、鷹の目で水戸黄門がみつめて居る。2000万円ほどの補正予算を組んで居る。が赤字だろう。何故だろうか?養父市は誰も氷の山国際スキー場に命をかける人は一人もいない。夏中責任者の人は一人もいない。棄民政策である。西垣君はこのスキー場に専業で雇ったのに課長に昇進。夏はこんなスキー場にいても仕方がないから他の仕事に行っている。冬、シーズン前に事務所に来ても宣伝など少しもしていない。宣伝をする正職員は一人もいない。早く民間委託する政策である。が、こんな状態で民間委託など受けても苦しむだけである。だから私は関宮町独立運動を提唱するのである。責任の持てる観光課を関宮町役場に持ってこい。勿論、観光課は一般会計の正職員でなければならない。観光客150万人を目指す市長なら真正面から取り組み、棄民政策としての観光行政から転換するべきである。民間委託反対。関宮町独立運動の推進。関宮町役場に観光課を設置せよ。
養父市に合併したが吉井、中瀬バイパスは少しも進まない。スキー産業は斜陽化している。と、投げ捨てて居る。こんな養父市に一緒にいる必要はないのである。関宮町老人クラブ連合会は養父市から独立した。老人会の補助金をもっと出すべきである。熊次地域11部落のうち、
大久保、別宮、葛畑、小路頃、草出、福定の部落は老人会を脱退している。なぜだろうか?養父市の観光地の棄民政策が気に入らないのだろう。
今日14日は万灯の湯に入りに出た。午前中氷の山国際スキー場に行った。大変すべりやすかった。万灯の湯で一緒に入っていた客に聞いたら、「氷の山に行っていました。」と言う。若い男たちが入りに来ていた。みんなスキー客である。脱衣場で着物を着ていたら老人が風呂に入りに来ていた。「何歳ですか」と聞かれたので82才と答えた。ら、横から少し若い人が75才と言う。「八北にスキーに行っていました」と言う。先ほどの老人、87才だ。と言う。「えっ」と驚いた。87才でハチ北を滑って来たらしい。水戸黄門はシャッポを抜いた゛。たった82才で最高齢者だろうと思っていた。うぬぼれてはいけないのである。「私は87才にはもういないです。」と答えた。高麗華時代。この文字にかえましょう。高齢化時代。「としよりは、早く死にましょう国のため」と私は何時も叫んでいるのだが、世の中には元気な年よりが溢れて居る。高齢麗華時代万歳。
但馬を一周して帰ってきた。おジロンのスキー場を見て回った。秋岡から新屋、さらに奥の奥ハチ、スキー場を見ておジロンの風呂に入る。帰りに村岡道の駅の食道で但馬牛の食事をとった。1680円だが牛の量は100グラムと少なく味も旨くない。野菜など好きなだけ取ってきて食べられるのがみそだが、味が悪くて値段が高くては。そのあくる日和田山の温泉に入り、和田山交差点の焼肉道場に入ったら、200グラム入っています。と若い男の子に勧められ800円の焼肉を焼いて食べた。らおいしい。安くて肉の量の多い焼肉、その近くの回転寿司も安くておいしい。日高町交差点の昔の料金をうたい文句のオレンジは日替わり定食590円でコーヒーつきの美味しい料理が食べられる。安くておいしいうまい物を食べたい。豊岡の回転寿司も旨い。一皿105円である。7皿くらい食べると735円。ラーメンでおいしいのは和田山ジャスコの子供広場のちょっぴり辛い650円のラーメンが美味しい。関宮町大谷の寿司屋に入ったら2400円寿司を食べた。確かに旨いが値が高い。村岡温泉近くの御殿、ごてんは1200円ほどだった。いつも万灯の湯に来ている八鹿の寿司や「ふなき」に老人会の寿司、10人前運んでいただいた。1000円だったが皆さん、おいしい美味しいと大変な喜びようだった。今年の春の老人会にも頼みたい。
浜坂に行ったら渡辺水産の食堂に入ると1500円でいつもおいしい魚料理が食べられる。誰しも安くてうまい物をたべたいのである。
万灯の湯にはいつもはいるが、自分が好きなだけ取ってきて食べる料理が並んでいる。コーヒーは何杯でも飲まれるが980円くらいだろうか?
老人はあまり多く食べないから少し割高になるが、安くすれば人件費が浮かない。難しい選択である。特別旨い料理を作っても多くの人は来ないだろう。20人限定としているが、昼飯を食べに来て、食べられなかった人は二度と来なくなるだろう。何人来ようと何かの料理を食べさせないと客は逃げる。
和田山温泉の鍋焼きうどんと「にぎり寿司」つきで1200円くらいな料理をいつも食べる。特に冬は暖かくてうまい汁が多くて熱いうどんがうまい。そのうえ握り鮨が6個ほどついているから最高である。場所が良くて多くの客が入ってくるから温泉も儲かっているのだろう。が、日曜日の昼でも車はそんなに多くはない。
出石の鳥居の里の食道、うまい野菜料理で700円くらいだったが最近は入っていない。竹野の北前館は世良さんが一生懸命になっていたが最近行ったことがない。
3月10日
但馬文教府生活創造応援隊。慰労会から帰ってきた。昨晩豊岡市駅前の大丸に泊まった。9日乙女の湯に這入る。出石の町はずれにある。静かな温泉である。そこから電話したら、ノーらの木村さんがいた。鳥居の里に行ってみたら「ノーら」の学校を移転する工事を始めていた。
大変な工事である。写真は息子の木村君。と、生活創造応援隊のメンバー。
夜、大丸に泊まる。豊岡駅前の好条件に立地しているが宿泊客は少ない。駐車場が広いので車で行くときにはいつも大丸に泊めて頂く。
中島神社近くの料亭「花いかだ」で慰労会。私が最高齢。中島神社は奥野から峠を越えたら久美浜になる。一面六方田んぼだが雪が多かった。
大変な御馳走だったが車で送迎してくれた。十数名集まる。
10日朝8時ころ起床。車は村岡からオジロンの温泉まで走る。泥湯である。「家は丹戸の田淵でしたが墓も引っ越しています」という男が風呂に入っていた。「万灯の湯、白樺館が経営するそうですね」と言う。まだ養父市の議会を通過していないのにそんな話を始めて聞いた。
風呂からあがりオジロ探訪を試みた。平野、茅野、新屋からみかたスノーパークのスキー場まで上がってみた。多くのスキーやーが滑っていた。
おじろスキー場はゴンドラリフトがかかり多くのスキーやーを集めていた。車は駐車場にあふれていた。便利は悪いのに積極経営でスキー客が多く集まっていた。帰りは秋岡から居望のバス停を見て下る。吉田御殿はどこだろうか?数十年前見た吉田御殿はどこだかわからなかつた。今度高野山参りに聞いてみよう。秋岡の宿やの看板を見ながらオジロの町を後にした。村岡の道の駅まで帰り昼飯。但馬牛を主体として御馳走である。
氷の山国際スキー場のような逃げ腰の経営では、お客は逃げるのである。積極経営をなぜしないのか?観光事業を知らない副市千長の指図らしいる
聞けば農協の古手を起用したらしい。但馬中の農協を食い物にして合併、また合併。で生き残った職員の給料と年金を生み出し、但馬の農民が汗と油の結晶で稼いだ土地を売り食いして生き残った農協である。新しい事業に挑戦する意慾は無いのが但馬農協だ。と、もつパラの評価である。が、私は近年は但馬農協の観光旅行を利用している。なぜなのか?家の横からバスに乗り、酒、ビール飲み放題、食い放題。帰りは家の横まで送ってくれるのが但馬農協なのである。だから但馬農協さまさまである。
そんなことどうでもよいのである。観光事業は生き残りをかけて商売しなければできないのである。
明日9日は但馬文教府生活創造応援隊の期末慰労会が開かれるらしい。豊岡の柳神社の近くらしい。ので駅前の大丸に予約してくれている。朝から万灯の湯に浸かり、昼飯、午後ゆっくりと豊岡まで走り大丸に受付。部屋に昼寝、文教府に上がってみてもよいが寝過したら起こしてもろう。五時豊岡駅前からバスで慰労会に向かう予定である。
ハチ高原にスキーに行く。午前9時33分発、ハチ頂上に10時過ぎにはついていた。そこから一気に野間駐車場にすべり降りた。滑りはボーゲンのテール押し出し、回転してまたボーゲンのテール押し出し。コケないように滑り降りる。もう年だ。スピードはいくらでも出すがちょっとしたギャップでもコケタラ骨折である。82才。骨がもろい。コケないように滑る。滑るのは怖くはないが、スピードのコントロール。絶えず前方を見つめている。一つの回転弧も大切に回る。が、途中立ち止まるのは一回、二秒である。ハチ頂上から野間ゲレンデまで標高600M一気にすべるのである。が、少しも疲れてはいない。11時少し前ハチ北の食堂に入った。お客はほとんどいない。カレー900円。少し高いが客はいない。人件費は赤字だろう。スキー場のリフトも乗る人は少ない。赤字経営である。人件費は上がっていないだろう。八北より、ハチ高原のリフトはもっと酷い。一般客などほとんどいない。リフトは停止したほうが赤字を食いとめることが出来るのであろう。が、赤字だからリフト運行を止めていたら、土曜、日曜に来るスキやーはいなくなるだろう。
リフトが倒産したら、香美町、養父市も倒産するだろう。月給をもらっている市長、副市長、市会議員はのほほんとしているが、可愛そうなのは一生けん命取り組んで居る地元の後継者なのである。市会議員はお手盛りの予算で月給を挙げたらしい。との風評である。八鹿の町は赤字経営で合併で漸く救われたらしい、と、会計を調べたら書いていたが。関宮町や大屋町の黒字を持って出て合併したため、八鹿町は財政再建団体から逃れられたらしい。が、人の町の
「氷の山国際スキー場が赤字だから閉鎖せよ」と嘯く市会議員が出ているらしい。と、関宮町民の声である。関宮町の合併時の持ち出し15億円は氷の山国際スキー場起債などの地方交付税の一般会計積立金が多く含まれていると知らない、何も知らない阿呆な議会議員の言葉である。またまたそんな者が次の選挙で出てくのだろうか?。養父市民は見ものである。
八鹿町nqo法人。なんとかさん。しっかりと監視の目を開いてくださいね。市会議員はもっと財政経済の勉強をしっかりした議会議員を選出するべきである。と、市民の風呂屋談義である。
3日4日とハチ高原のスキー祭りが開かれていた。3日はハチ頂上からハチ北にすべり降りた。ハチ北は一般スキーヤーのボード天国である。
私が「しらにしの吹く頃」を創刊したころにはハチ北はボードを拒否していた。「これからはスキーとスノーボード共存の時代が来ます。」と予語んした。
現在、ハチ北はボードのほうが多い。ハチ高原に帰ると学校の生徒が減り、一般スキーやーが多かった。丹戸、奈良尾宿泊のスキーヤーが60名ハチ高原に搬送されていた。祭りや市長杯参加のスキーやーが多く来ている。餅まきもあったようである。氷の山国際スキー場も以外に多くのスキーやーが滑っていた。
氷の山国際スキー場の奈良尾、福定起点基地からのリフトが運行停止されている。誰が止めたのか?と事務所で聞いたら、係りの人が「養父市副市長の指図です。」と言った。西垣君が指図しているようである。
氷の山国際スキー場起点基地は関宮町と奈良尾村、福定村の部落有地無償提供。和田幹夫町長と覚書を交換しています。養父市は部落共有地に補償費を支払うための準備だろうか?土地提供の基本覚書条項に違反してしいる。養父市は速やかに奈良尾、福定起点基地のリフトを動かすべきである。民宿を潰そうとする副市長に、私は抗議を申し込みます。福定奥のリフトは土地提供条件には書いていません。後から便宜上造ったリフトです。
用地提供の歴史を知らず、覚書を無視すると住民のしっぺ返しが怖いですよ。養父市副市長さん。
養父市議会が開かれている。議案説明。そのあと質疑。今議会が終わった。養父市万灯の湯の予算らしかった。が継続するらしい。一人ひとりの議員の発ごンに注意しましよう。氷の山国際スキー場の5本のリフト補修費5000万円。可決に向けて審議らしい。が30年間補修も掛け替えもしないで、赤字だ赤字だ。と責任逃れの行政である。関宮町ではない。一切の責任は合併した養父市行政の責任である。つまり市長の責任である。いやなら辞めれば一切の責任はないのである。水戸黄門が代わってあげてもよいのだが、今更、ネクタイをぶら下げて、皮靴を履き、毎日出るよりも万灯の湯に浸かる方が気楽である。文さんの日記、裸の風呂屋談義。そのほか色々と書いているから次の本会議の質疑、一般質問の話題にしてほしい。私の文は幾ら採用しても著作権の侵害にはなりません。どんどん引用しても構いません。但し、養父市民のためになる質疑ゃ一般質問にかぎります。市長や答弁する役場職員さんよ。養父市民、みんなが見ていますよ。公平な答弁。頼み松瀬。水戸黄門。
が、養父市合併のとき八鹿町はたつた五億から九憶の金しか持って出ることができなかった。大屋町15億円。が8億円役場建設。が一銭の金も儲からない。関宮町15億円、氷の山国際スキー場10年間に起債償還、再開発の起債5億。がそれらの地方交付税15億円。全部養父市に持ってでました。養父市の財政を潤しています。それらの記載は養父市の決算書にありません。
今更、人の上げ足をとることには反対です。が、過去の歴史の足跡を振り返り、新しい住民福祉の市政を望みます。

いとこの大屋町宮垣の巖君。元気だった。飛騨の旅
3月1日。2日。の旅、飛騨高山。下呂温泉の旅にいってきました。
帰ってから3日、10時バスでハチ頂上。八チ北まで滑り下りた。ハチ高原はハチ伏せ雪まつり。一般客が久しぶりに多かった。
久しぶりに3日万灯の湯に浸かる。毛の深い男が風呂に入りに来ていた。「どこから来ました」と聞いたら「大屋の市場です三月に閉鎖ですか?」と言う。
「まだ本会議が開かれていませんが営業を続けます。大屋町の議会議員にも続けるよう運動しておいてください。」と伝えた。大屋町から大勢入りに来ている。養父町伊豆からも大勢来ている。八木の村からも大勢万灯の湯に入りに来ている。文さんが毎日見ていると関宮町よりも八鹿、大屋、養父町からのほうが遙かに多い入浴客である。土曜日、日曜日には若者も大勢入りに来ている。温泉は安くて全身ぬくもり、家族や女、子供も安心して過ごすことのできる施設である。診療所は多くて一日40人から50人、八鹿病院よりも費用がやすくて、多くの市民が入浴で健康を回復している。実績がある。
地方交付税を年間いくらつぎ込んでも住民福祉の施設である。しかも自分の車で温泉に入りに来ているのだから、いろいろな福祉施設よりかも安くて町の負担の少ない施設が万灯の湯、天女の湯である。市会議員は現状を把握するひつようがある。水戸黄門

下呂温泉。
下呂温泉は20年ぶりだろうか?部屋4人部屋。小原庄助。豊っさんと小路頃の田村嬢君だった。夜中に4時小便がでたくなり、目が覚めたので風呂に入りにいった。朝5時また入った。下呂温泉の旅である。たつた三万円の旅だが飲み放題、浸かり放題。歌い放題の旅である。農協旅行は家の横からバスに乗せてくれる。帰りも飲み放題でバスが家の横まで送って来てくれる、。だから水戸黄門はゆくのである。
外国旅行は出発の前日、関空まで行き泊まる。あくる日出発、飛行機に乗り10日間から20日くらい砂漠の旅、ホテルについたら先ず寝る部屋の番号と食堂、出発の時間を聞いて控えなければならない。飯を食いに行くときも部屋の鍵をわずれずに、何階の何号室か、えれべーへたーの場所も忘れてはいけない。何よりも誰か友人を早く作らないと言葉が分からない。パソコン、とビデオカメラとデジカメの充電を忘れないように。一人部屋追加料が数万円は掛る。朝出発の二時間前に起きて、用便、食事と排泄。水筒の水を忘れずに、その日の夜泊まる部屋の着かえの着物も忘れないように。何よりもパスポートと金。を腹巻きに、薬やいろいろな必要品をすべて準備し行かなければならない。外国旅行の一人旅は楽しい。が年をとったらできないのである。農協旅行は気楽である。費用はたった三万円で出発から帰るまで世話してくれるのである。養父市関宮農協さんありがとう。来年も生きていたらまたよろしくね。

養父市農協祭りの森。飛騨高山。 バスの一同。
文学や小説はフィクションです。とわざわざ断って書いている。「極端なこと書かないでください」とこの間西谷議員が風呂屋談義で言った。小説とは創作であり、ホームページの読者は現在20万人を超えている。多くの人を読みにこさせようとすると「極端な表現」つまり人の注意を引く見出しが必要なのである。マスコミが書いている新聞や雑誌の見出しも時として極端な表現。人の注意を引く表現と見出しが必要なときも発生するのである。だからこのホームページはフィクションです。と何回も断ってかいているのである。つまり読み物なのです。仮設であり、フィクションとはつまり全部仮設、創作なのです。真面目な人は「文さんの日記」を本気で読むから極端な記事だと思うだろうが、私は82才の年よりの楽しみに毎日書いているのだから、腹が立ったら名誉毀損で訴えてくれたらよろしかろう。が、このホームページはすべてフィクションです。小説です。作文です。水戸黄門のひとりごと。
文章、表現の自由は憲法で保障されています。
今日3月1日は但馬農協で飛騨高山をめるぐる旅に出発である。今夜は下呂温泉にとまるようである。「ホテルくさかべアルメリア」という宿にとまるようである。温泉は毎日入っているから万灯の湯のほうが親しみやすいが、三月になり気分転換の旅である。
今日万灯の湯に入っていたら、八鹿町か大屋町か誰だか名前を覚え得ていないが、「読売新聞に万灯の湯継続。」と二ユースを知らせてくれた。1700万円補正予算らしい。素直にやれやれの声が入浴者一同に伝わった。養父市全域は勿論スキー客、但馬全域、姫路市、加西市、舞鶴自動車道の町々に伝わるだろう。養父市の高齢者にとり膝が痛くて歩けない身体障害者の資格もないものにとり朗報である。これで養父市の市会議員も次の選挙に当選する準備ができるだろう。市長さんありがとう。もう西谷議員。田中議員も、熊次出身、関宮町出身議員も眠られるよ。ホームページに悪口は書かないからね。養父市万灯の湯同好会。
2月26日
昨日は日高のブルーリッチホテルでちゅうし昼食会を開いた。八光会の木下、数森さん、神鍋スキー場の稲葉君と四人である。数森さんが世話役。
私は朝から出かけた。「ゆとろぎ」の温泉につかる。外で待っていたら奥神鍋のおじいさんが待っていた。風呂に入ると手がしびれている。らしい、大工をしていました。という。10年以上前、万灯の湯の内装工事に行きました。という、「脱衣場の部屋の板など張りました。脚立を立てて上っていたら足元がすべり腕を骨折、仕事ができなくなりました。」という。民宿していますか?と聞いたがしていなかった。土曜日入浴客は私を含めて数人だつた。
神鍋の栗栖野スキー場も雨のためかそんなに多くのスキーやーでもなかった。
八光会、食事会無事終わる。また桜の花の咲くころに会合しましょう。と、別れる。
日曜日、雪降り、寒くてスキーにも行きたくない。
2月24日誕生日記。

うわー若いな~。82才の誕生日らしい。 水戸黄門、パキスタン、中国国境4700M8年前
今日は文さんの誕生日。明日は神鍋ぶるーチッチホテルで、八光会の昼飯会。ホテルなどといつても田舎のホテル。田舎ものがネクタイ締めてお客のサービスしている。値段が高いだけである。2500円の昼食を注文したらしいが、日高の交差点の食堂のほうがよっぽど旨い。万灯の湯の食堂、980円。好きなもの取って食べられる。和田山の温泉、1200円でにぎり寿司に熱い鍋焼きうどんを食べさせてくれる。その隣の交差点では焼肉道場で800円でおいしい焼肉と飯付きで腹一杯になる。さらにジャスコの子供用の機械のある食堂では660円でちょっと辛味の味の良いラーメンが食べられる。和田山の交差点の握り寿司やでは105円の寿司が食べられる。が食べていると知らぬ間に1000円を超えているから割安ではない。八鹿町の寿司「ふなき」は美味い。去年奈良尾老人会で10人前1000円の寿司を注文したら配達してくれた。万灯の湯で顔見知りになっていたが、40分もかけて1000円の美味い寿司を配達してくれた。今度はまた八鹿の「ふなき」の寿司屋に食べに行きたいと思っています。ありがとうございました。
まあ、水戸黄門は但馬のいろいろな寿司屋や焼き肉屋。定食屋、ホテル、旅館など食べて回ったから食通である。が、草谷山荘の夕食は毎日タダで食 べさせてもらっているから不思議た。管ビール一本、焼酎を湯割りで一合くらい。寝酒にうまい清酒一合くらいが毎日の通り相場であるらしい。
今度、来月1日2日と農協下呂温泉の旅に出かけるらしい。明日は神鍋ブルーリッチホテルとかで、八光会の別嬪さんのグループと昼飯をよばれるらしい。「但馬に生きて」の本の発表会の司会者を披露してくれた神鍋の稲葉君も同席らしい。朝10時ころから出て神鍋の温泉に浸かり、昼ホテルでの美人たちとの昼飯会。土曜日だから朝のうちは家のスキー置場で来る人たちに挨拶しようか?今日は関宮町の高齢者センターかで、八鹿病院の講師先生の話があったから、万灯の湯に行く途中よって見た。少し話を聞いたが内容はよく分からない。耳が遠いから聞こえない。が関宮町の老人クラブ連合会の皆さんが集まっていた。終わってから、話の途中万灯の湯に出かけた。考えてみると水戸黄門、文さんの82才の誕生日だった。何が目出度いんだ。
2月16日2月15日
四国88箇所参りの旅。先立ちの田中さんと最後の大窪寺で映す。17年前、妻幸子は「後一週間の命、」と、医者に宣告されて四国参りの旅にでた。
大窪寺だつた。88番大窪寺、結願お守り、今も仏壇に供えている。思い出の大窪寺に17年ぶりにお参りした。37名の皆さんと映した写真を始めて買った。いつもデジカメで撮っているから写真は買わない。が思い出の人たちとの写真を1000円だして買った。家に帰り初めて皆さんの顔を見た。大笹の人、春木から村岡に嫁に来ている人達。高野山にお礼まいりは、3月28日。満願お礼まいりには参加することにした。
四国参りは毎年続けている。今更お礼参りでもあるまいが、まあ、高野山参りも毎年行っている。こんなことしていたら死ぬまでまいることになりそうである。が、つぎの四国参りは6月20日、79番天皇寺から66番雲辺寺1泊二日の旅に行ってみようか?日帰りには行かない、一泊二日の旅のほうが楽しいからゆくのである。雲辺寺は確かケーブルカーで登った。四国の旅は20年近く毎年行っている。ありがとうございました。「旅は道連れ、世は情け」また行きましょう。
朝四時に目が覚めた。ので起きだしてこの日記を書いている。写真も多く撮つてきたが多く載せるわけにもゆかない。画像容量が増えるのである。


足摺岬。大窪寺、 田中先立ちさんと 吉田、藤原、阿瀬さん達と。
朝四時に目が覚めた。面倒くさいからもう起きた。寝ていると寝過してはいけない。この前、足摺岬の旅で寝過した。六時に目が覚めたら和田山まで車を飛ばした。が、もうバスは出発した後だった。とうとう電車で足摺特急で高知の向こうの寺まで追っかけた。皆さんが拍手で迎えてくれた。が、寺詣りのバスを特急で追っかけるなどいけない。もうこりこりである。写真はそのときの足摺岬である。奇麗な海、灯台が見える丘で写真を撮った。
2月14日
明日はja但馬のお世話で四国88け所めぐりに出発します。いよいよ最後の88番大窪寺詣りで完成。が、多くの寺院詣りを飛ばしている。12月は腰が痛くて行けなかった。明日の朝6時55分関宮農協出発である。お参りして帰ってきてからまた報告します。
昨日香美町の浅田栄隆さんから、於ける八鹿病院。と、礼状が届いた。
1月9日
全日本スキー連盟、指導者講習会、奥神鍋スキー場。志方ビラ二泊。今年初めての外泊イベント無事終了しました。とはいえ初めての日8日、奥神鍋から万場スキー場に登る。そこから万場の下まで滑り降りた。少し緩くなった最後の停止で、一人のスキーやー受講生が倒れていた。急いで人工呼吸をしていたが意識が回復しなかった。急いでパトロールを呼んだ。私は当日、豊岡病院の日直当番と前日聞いていた木下さんにメールした。「ドクターヘリ、万場スキー場に来てください、詳しいことは万場スキー場に聞いてください。」しばらくすると救急車の音が聞こえた。ヘリコプタ―の音も聞こえた。万場から終点までリフトで登る。そこから奥神鍋まですべり降りた。
倒れていた浅田さんからの礼状だった。ああよかつた。元気で回復祈っています。来年のスキー研修会、またご一緒しましょう。浅田さんはまだ50才代だろう。自衛隊を退職ご毎年スキー研修会で同じ班だつた。
朝飯を食い昼寝していたら春さんから電話だという。風呂に入りに出よう。と言う、万灯の湯に入りに出た。ら和田さんが来ていた。食堂で飯わ食う。「宮垣の岩チャンは元気ですか」と奥さんが言う、息子の嫁の母と一緒に万灯の湯に来ていた。「あまり元気じゃうないですね」「奥さん、何で宮垣の岩を知ってるのですか、と訊ねたら、私宮垣から嫁にきました。と言う、「従兄弟半になります」とわたくしは答えた。万灯の湯の継続について署名運動をはじめましようか?と和田さん、春さん、たちと話した。
「藤原さん、ホームページであまり極端なこと書かないでください」と西谷君が言う。水戸黄門がこのホームページに書くのは小説である。小説とはすべてフィクションであり、仮設の人物を想定しながらより深く問題を掘り下げて追及する。文章表現が要求されるのである。だから文さんの日記はすべてフィクションですと、最初に書いているのであり、多くの人を引き付けようと表現には随分苦労しているのである。仮設の記録であっても事実みたいに表現する表現力が小説には要求されるのである。極端な表現を使うのは多くの読者を引き付けるための水戸黄門独特の技法であります。嘘のことでもまことしやかに記録してゆくのが小説の技法なのです。水戸黄門はこの小説の技法を身につけるために数十年間、数千冊の小説をよみました。いろいろな大学の通信教育などで文学や歴史の研究と、実際の世界の旅も議会退職ご数十箇国しました。十数年間旅をしました。だから表現がリアルになり、読む人たちに事実みたいに鋭く映るのです。「極端な表現」とは水戸黄門が成し得た文章表現の成果なのであると自負しています。が、ここに書かれているのはあくまで「文さんの日記」や「裸の風呂屋談義」なのであります。
1月29日
今日は日曜日である。雪降り、うんざりである。が雪があってこその商売である。スキーに来た若い人たちは元気である。午前8時にもうスキーに行っている。私も久しぶりにスキーに行こうか?と考える。新調したパソコン、文字盤も打つのに打ちやすい。ノートパソコン、V10だからホームページの書き込みもしやすい。
1月28日
パソコンを修理したが電源のコードを差し込むのを忘れていた。ので完全に放電。田丸さんに電話して対処の方法を聞く。なんとかホームページが立ち上がった。が、放電した電源は元には戻らない。また1ooボルトに持って出て修理依頼しなければらないかもしれない。まあ、ホームページビルダーv10で書き込みがスムースにできるようになった。ホームページビルダーv13は欠陥商品であることが分かった。が今更買ってから何年もたっているので、訴訟を引き起こすのも面倒である。まあ、欠陥商品を売り付けた100ボルトも知らなかったので、文さんも泣き寝入り、しょうがないだろう。
新しいソフトだから良いとはいえないのである。
1月27日
日高町の食堂で関宮町同友会の新年会を開きました。15名集まる。車の送迎願う。日高病院の横、料亭万代。お世話していただいた井上由美子さんに聞いたら、主人が「万代がよいだろう」と言う。はじめて井上さんの主人の名前を聞きました。大久保から日高町までバスで送迎。会費は男4000円、女3000円、酒、ビール飲み放題である。大変な御馳走であった。送迎付、大雪の大久保までマイクロバスで送ってくれた。幸い雪の少ない夜だったからよかったが。年会費1000円払い込んでいるから、予算オーバーしても何とかなるだろうが、井上由美子さん、ありがとうございました。
そこで井上さんが夜、配布されました、但馬県民局、理想の都の祭典。の20周年記念事業。の事業名称に応募しました。パソコンの調子が悪いので、手紙に書いて郵送しました。1月31日が締め切りです。但馬県民局の理想の都の祭典。20周年の掛は関宮町井上由美子さんです。関宮町同友会の世話役、井上さんを支援しましょう。水戸黄門の文さんが支援しますから、絶対間違いないです。但馬のみなさん、但馬県民局、理想の都の祭典。20周年。(h26)に向けて、担当は関宮町井上由美子さんです。私の友人知人、但馬を映像で発信する会。但馬文教府、ふるさとづくり大学。もろもろの養父市の皆様。但馬県民局勤務の井上さんの企画を成功させましょう。お願いいたします。文さんです。
日本・モンゴル民族博物館開館15周年記念事業 モンゴル民族芸術音楽舞踊団公演 草原のそよ風 |
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| ■日 時 2011年10月27日(木) 18:00開場 18:30開演 ■会 場 出石文化会館ひぼこホール (兵庫県豊岡市出石町水上318) ■入場料 一般800円(当日1,000円) ※高校生以上 小人200円(当日300円) ※小学生以上 |
この間、四国の旅でご一緒した美方町の吉田二雄さんから秋岡村史を頂いた。五冊あります。1、秋岡村の誕生と概要。2、秋岡伝説。3、秋岡部落有林。4、秋岡の産業。5、秋岡の生活文化。付録、年表。など詳しく書かれています。特に秋岡村の生活文化。は小代神社山名禅高とゆかりの龍泉寺、交通網の発達、水力発電計画、簡易水道、秋岡消防団、世界戦争へ出征の経緯。秋岡テレビ共同受信施設協会設立、新屋と秋岡の山論争、秋岡の歌集。などくわしく書かれていました。大変参考になりました。が、一度に読んでも忘れますから折に触れて参考にしたいと思います。吉田さんは皆様ご存じの通り、美方町長、森林組合長など長年地域社会のために努力された方です。今回の四国88ヵ所めぐりの旅でご一緒させていただきました。
吉田さんとは個人的には初めての会合でしたが、今から50数年くらい前、私が氷の山わさび生産出荷組合をつくり努力していました頃、バスを貸切美方町の吉田さんの家を訪れたことがあります。当時、お父さんが村長か町長をされているとお聞きしました。秋岡の殿様だったと記憶しています。私が30才代の若いころの思い出です。吉田さん、ありがとうございました。私の、ホームページの「文さんの日記」に書いてお礼のご挨拶に代えさせていただきます。
10月26日
円相場が76円を越している。なぜ日本の円が買われるのだろうか?これだけ原発の被害と不景気に苦しみ、株価も安い日本の円が?だが世界の特にヨーロッパの景気はさらに悪く、ギリシアに端を発した金融恐慌は周辺の国々に及んでいる。円高は輸出企業に不利になり、日本の物が売れない。企業の海外流出に歯止めがかからなくなる。が、今さらどうにもならないだろう。が石油などの輸入品は値下がりする。悪いことばかりではない。株価が安い、買えばよいだろうが、これだけ損をすると買う気にならない。
10月25日
但馬文教府 パフォーマンススペースが以下の日程で開催されます。私も今回初めて動画作品の発表をしてみます。
何分はじめての企画で成功するのかどうか?写真をA4パネルに張出し、パソコンとテレビで動画映像の発表をする予定である.。場合によっては動画はプロジェクターで映してもよいが、何分初めての企画。誰かがいつも、パソコン操作のできる番人がひつようである。宮崎さんに頼もうか?と考えているが毎日は無理だろう。
朝昼寝から目が覚めた。パソコンを開いたら文教府の松永さんからの連絡メール。以下に載せます。
青 春
サミエル・ウルマン
青春とは人生のある期間を言うのではなく心の様相を言うのだ。優れた創造力、逞しき意志、炎ゆる情熱、怯懦を却ける勇猛心、安易を振り捨てる冒険心,こう言う様相を青春と言うのだ。年を重ねただけで人は老いない。理想を失う時に初めて老いがくる。歳月は皮膚のしわを増すが情熱を失う時に精神はしぼむ。苦悶や、狐疑、不安、恐怖、失望、こう言うものこそ恰も長年月の如く人を老いさせ、精気ある魂をも芥に帰せしめてしまう。年は七十であろうと十六であろうと、その胸中に抱き得るものは何か。曰く「驚異えの愛慕心」空にひらめく星晨、その輝きにも似たる事物や思想の対する欽迎、事に處する剛毅な挑戦、小児の如く求めて止まぬ探求心、人生への歓喜と興味。
| 人は信念と共に若く 人は自信と共に若く 希望ある限り若く |
疑惑と共に老ゆる 恐怖と共に老ゆる 失望と共に老い朽ちる |
大地より、神より、人より、美と喜悦、勇気と壮大、偉力と霊感を受ける限り人の若さは失われない。これらの霊感が絶え、悲歎の白雪が人の心の奥までも蔽いつくし、皮肉の厚氷がこれを固くとざすに至ればこの時にこそ人は全くに老いて神の憐れみを乞う他はなくなる。
原作 サミュエル・ウルマン 訳詞 岡田義夫
左二人め藤原、右白鳥正夫、出版記念会にて朝日新聞シルクロードの旅などをプロデュースした企画委員で元鳥取と金沢の支局長を務めた