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ベトナム、ハノイ。アンコールワットの概要

 

       凄いオートバイの群集。4月18日、ベトナム、ホーチミン市の通勤市民。
 今回、ベトナム、社会主義共和国。世界遺産のカンボジアのアンコールワットに行ってきました。一行28名の大きな団体でしたが、ガイドのお世話で無事帰国できました。
「旅行保険一億円掛けてるから、何時飛行機が落ちても損にはならない」と、「保険が貰えたら子供たちや孫たちに1000万円ずつ分け与えられる。?」と、勿論冗談?。だが無事、家に帰ってきました。たった一週間の旅だった。あっという間の旅だったが、ベトナム人民共和国の人達の発展途上国の勢いには圧倒される何物かを感じた。勿論、中国ほどの圧迫感は無かった。が、この国は将来必ず伸びるだろう。物凄い勢いで発展するだろうことを肌で感じた。あの膨大なオートバイ、バイクの群れ、人、人、人で溢れかえる都市の熱気。何故だろうか?10数年前中国の北京や天津、上海、西安の町々で感じたあの発展途上国特有の熱気は、今の中国にはもう無い。ベトナム人は日本人を尊敬し、憧れ、目標としている。

社会主義国とはいえ個人住宅は所有権が認められ固定資産税は「一定の面積」で無税だ。都市の発展、法人組織もある。国有から民営えと企業は移っている。ベトナム人は頭が良い。今回の旅で訪れたのはハノイと、ホーチミン市だったが多くの農村部の田舎も走った。国土の80%が農業人口である農業国であった。農地すべて国有、土地は抽選で決める。従って親子での不動産の贈与は発生しない。農機具は牛と人力、農業機械はまだ入っていないようであった。従って土地の生産力は低い。米は日本の10%くらいの値段だ。

米が最大の輸出産業であり工業生産は私たちが見て回ったところには少なかったが、豊富な動労力と安い人件費。 恵まれた青々とした農村地帯と長い海岸線。8000万人という膨大な人口と自然に恵まれた地形。何よりも世界でアメリカ合衆国に勝利したと言う自信と、結束力のある民族である。辛抱強く、粘り強い、よく働く愛国心の旺盛なベトナムの人たちに感動を受けました。

アメリカに勝った世界でたった一つの国、「ベトナム」今、ベトナムは10年前の中国のようにベトナム全国にオートバイの群集がひしめいていた。日本の九州を除くくらいの面積。8、000万人の人口、ベトナム社会主義共和国。「ホンダ」オートバイ人気絶頂だった。ベトナムにはオートバイの運転免許は必要なかった。二人乗り、三人乗りが普通である。車はまだ少ないが全国の若者にオートバイは唯一の足である。「アメリカに勝った世界で唯一つの国」の自尊心がこの国の若者の心の支えになっていた。「ホーチミン」は国父であり、フランスからの独立戦争に勝利、アメリカに勝利。中国の侵略にも抵抗してベトナム社会主義共和国を建国した。

 戦争勝利記念館の戦車、   「ホーチミン廟」数千人の群集が今日もホーチミン廟に参拝していた。
中国の毛沢東、や、トルコの一司令官であったムスタフア、ケマル、パシャは独立戦争を指揮しギリシァの大軍に勝利した。1923年トルコ共和国を樹立し初代大統領となった。トルコ議会は彼にトルコ建国の父として、「アタチュルク」の称号を贈った。 死後60年の今日でも絶対的崇拝の対象であり、「アタチュルク廟」に祭られている。「ホーチミン」はベトナム建国の英雄である。戦争博物館にはベトナム戦争の現状と独立戦争勝利の記念館として多くのベトナムの若者が全国から集まっていた。

4月23日
 「アメリカとの戦争に勝利した世界で唯一つの国ベトナム」そんなこと考えたことは無かった。おそらく日本人の誰も考えてはいないだろう。ベトナムに行き、ベトナムの若者の生の声を聞いた。「本当にそうだなー」と、改めてベトナムの民衆を見直した。何がベトナムの民衆をアメリカとの戦争に勝利させたのだろうか?ハノイはその昔の「サイゴン」である。海岸線の長い、細長い国ベトナム。農業人口が国土の80%を占めている。農民である。日本の明治時代に世界の大国ロシアに勝利したのは農村出身の農民であった。「又も負けたか8連隊」そんな歌を子供の頃歌っていた。8連隊とは大阪師団のことらしい。「ニッポン勝った、ニッポン勝ったロシア負けた」大正年代の頃の日本の若者の歌を母が歌って聞かせていた。


 明治に生まれ大正年代に育った母の思い出の歌だったろう、父を日露戦争で亡くした母はそれでも日本がロシアに勝ったことがせめてもの慰めだったのだろう。ニッポンはアメリカとの戦争に負けた。東条が悪い、軍国主義が悪い、と、戦後、全ての責任を軍隊に押しかぶせる風潮があった。「靖国神社参拝」を小泉総理が強行した。戦後の総理大臣は誰も躊躇していた「靖国神社参拝」である。敗戦いらいためらっていた国民は拍手喝さい。それも時代の流れである。然し、そのため周辺のアジア諸国との中は極端に悪化している。早く軌道修正する必要が生まれている。「小泉引退」は歴史の流れである。
 世の中は私がいつも言うように、スキーのウエデルンの原理である。運動とは右に左に動いていても一定の速度と回転弧を描きながら真っ直ぐの線を進んでゆく。運動の法則である。私は軍国主義者を褒めてはいない、あくまでも歴史的事実を述べているだけである。小泉総理には度々靖国神社参拝を止める様メール送信した。然し、やめたら小泉の人気は失墜するだろう。それも歴史の現実である。
 世界を旅すると、闘いには勝たねばならないことが嫌というほど身にしみてくる。スポーツの世界でも、市場競争でも、株式市場でも、農業の世界でも、病気との闘いでも、国と国、民族と民族との闘いでも負けたらあかん。ベトナムは何故アメリカに勝ったのだろうか?その疑問に答えてくれるのは実際のベトナムに行ってみることです。

     

           

 ベトナムの人口は8000万人。学校は小学校5年。中学校4年、高校3年。高卒で殆んど就職している、が、大学は高卒の25%、学費は年4万円であるが進学は中々難しい。ガイドの給料は大学卒業で日本語が出来るが月3万5000円。ベトナムでは高給とりだろう。年収40万円。日本に進学した経験の持ち主である。
ハノイの町には信号はあるが交差点など信号無視が多いい。バイクは「HONT」が殆んどだった。

 住宅は間口2間、奥行き10Mくらいが一般的住宅である。が、殆んどの家が間口2間である、その理由は間口2間までが無税のようである。上の写真のようにベトナムの家は間口が狭く、3カイ建て、4階建てなどが都市では一般的である。奥行きの長い細長住宅がベトナムの特徴。また農村では高床式住宅が多いい。涼しく、一階は仕事場に、また食事などの会合の場所として使われる。猛獣などから防御できる。など椰子の林の間に点在する住宅が多いい。

ベトナムの交通戦争。日本人はこの混雑では運転できないだろう。車の前を突然バイクが横切る。

[政治体制]
  1. 政治
    86年より導入されたドイモイ(刷新)政策は、その後の最高指導部の数次に亘る交代を経つつも継続されてきているが、他方、ドイモイの進展の裏で、貧富の差の拡大、汚職の蔓延、官僚主義の弊害や散発する暴動などのマイナス面も顕在化している。
  2. こうした中、2001年4月19日から22日まで、第9回共産党大会(5年に1度開催)が開催され、共産党一党支配による社会主義体制の維持と「ドイモイ(刷新)」路線継続というこれまでの基本方針の継承が打ち出されるとともに、党員の腐敗撲滅に向けての各種対策が示された。また、同大会においてフィエウ書記長が退任し、ノン・ドゥック・マイン国会議長が新書記長に選出された。
  3. 2002年5月19日には第11期国会議員選挙が行われ、議席数の増加(450→498)が行われるとともに、マイン書記長、ルオン国家主席、カイ首相を含む首脳陣はいずれも当選。続いて7月に第11期第1回国会が開催され、ルオン国家主席、カイ首相は再任された(任期5年)。     

    ハノイ。ハーロン湾の世界遺産。
                    

  ハノイのホテルに泊まる。ホテルは並とデラックスと、二通りの選択しがあった、わたくしは勿論並のホテルを選択していた。14日朝目が覚めた。昨夜は現地時間で12時を回っていた。6時朝食、ホテルのG階に食堂があった。食堂には多くのベトナムの人たちが食べに来ていた。外国旅行に来て、子供、若者、一般庶民の人たちと「ゴチャマゼ」に泊まるのは始めての経験であった。台湾人、韓国人、中国人、マレーシア人。阪急交通社は並とデラックス、二つの団階に分けて旅行客を募集していた。なるだけ安く、多くの旅行者を集めるための方法だったろう。「デラックス」と「並」客の二つの段階に分けるほうが多くの旅行者が集まる。集客方法としては最高の集客方法であった。

 然し、それは直ぐにその方法が碌脱された。ホテルに着いた。デラックスホテル組がバスを降りた。10分ほど走って並ホテル組が降りた。ひとグループの集団を二つのホテル、デラックス、と、並に分ける。こんな差別旅行は生まれて始めてだった。僅か10数万円の旅行費用に、泊まり賃に、たった5日の宿泊に宿泊ホテルの差別をつけるなど阪急交通社の誰が考えたのだろうか。こんな旅行方法の是正を求める。早速メール送信したい。
今日、19日帰りがけに見た朝日新聞では姐歯もと建築士の問題が取り上げられていた。
今、カンボジアにもアネハ建築士の問題は広がっていた。
カンボジアには地震が無いようである。だから姉歯建築が多いい、工費を安く上げるための方策だろう。雪が降らない。台風も来ないカンボジアである。暖かく住み易い、自然の恵み豊かなカンボジア、米が三回取れる、米の値段は日本の比較にならないくらい安い。細長い米である。

カンボジアの歴史。        遺跡案内

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