index.htm へのリンクへ 氷の山国際スキー場「ここから下」のページは草谷山荘の営業と関係ありません編集このホームページはフィクションです仮説です。全て面白く読むための小説です。「文さん、水戸黄門、」とは筆者藤原文男ご愛読ありがとうございました。
氷の山國際スキー場再開発計画。積極的経営。観光経済とは儲かる方法提言します
このページは私がホームページから消していた西村礼二議員のインターネットに記載されているページから転記しました。私のホームページではありません。
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氷の山国際スキー場の経営を考えるページ養父市西村禮治議員の一般質問に反論する

関ノ宮町議会oB会20日。関ノ宮町には17億円の地方交付税が入っています。頑張りましょう。観光の町関ノ宮町。関ノ宮町老人クラブ連合会の皆様。
養父市合併のとき関ノ宮町は14億円養父市に持って出ました。氷の山國際スキー場の地方交付税積立金は数億円以上。一般会計に積み立てられていました。八鹿町は合併のときたった5億円持って出ました。養父町11億円。大屋町15億円でした。か゜大屋町は8億円かけて合併してから役場を建てました。そのあくる年職員12名に減員しました。現在、関ノ宮町はスキー場再開発予算も先送りされて、捨て置かれています。そのため一人乗りリフトは30年間捨て置かれています。赤字の原因を放置されています。
関宮町氷の山國際スキー場。再開発を促進し支援する会
氷の山國際スキー場再開発計画。提案。
関ノ宮町から合併当時持ち出した金と、各町から持ち出した金がどのように使われたのでしょうか?養父市の皆様、関宮町の皆様。公平であるべき対等合併の正体を追致しましよう。世論に声を広げて来年の選挙に訴え、選挙で勝利しましょう。住民の味方は誰なのか?議会議員の今後の発語に注意しましょう。
養父市西村禮治議員の一般質問に反論する
昨年12月16日開催の第44回養父市議会定例会二日目。氷の山國際スキー場の経営について。有線テレビの映像や諸々の資料がととのいましたので反論します。これからボツボツ書いてゆきます。来年の春ごろ。本にして出版する予定です。
平成15年度合併する年の春の決算で、関宮町から9億900万円養父市に持ち出しています。八鹿町、倒産寸前の決算年度末残高5億5000万円です。氷の山國際スキー場の年度末決算、貸付金。1億2700万円です。関ノ宮町が積み立て持ち出した金のうち数億円は氷の山國際スキー場の起債(過疎債他)に対する地方交付税収入の積立金、金利など一般会計に積み立てた金です。関ノ宮町は合併前再開発計画を建てました。その調査費も貸付金に入っています。本来調査費などは一般会計から支出するべきです。合併したら「再開発計画の予算はすぐに付くだろう。」と、私たちは栃下町長に期待し選挙で応援、当選しました。が、合併したら八鹿町など財政赤字、八鹿病院に130億円投資。大屋町は15億円持ち出しの内約8億円の資金で副市長が役場を建設するなどの放漫経営。続いて落選。が、関ノ宮町氷の山國際スキー場の再開発計画は放置されています。三本の一人乗りリフトは30年間改善されていません。当初の基点基地からの4人乗りリフト2億3000万円と滑降コースの増設を私たちは提案致します。
合併前、平成15年財政、総務専門部会に提出された書類によると。最終総務専門部会。平成15年10月15日の文書。
普通会計、各種基金総計。八鹿町、9億3千100万円、養父町11億5500万円。大屋町15億8200万円。関ノ宮町14億4500万円。この時点で提出されましたが、合併で出されました金は八鹿町約9億3000万円、関ノ宮町14億4500万円でした。大屋町は15億8000万円でした。だから大屋は8億円で役場を立てたのでしょう。ところで此処で判ることは合併以前の八鹿町の財政が人口比率で見た場合いかに少なく、倒産寸前の財政だったことが判るでしょう。そうしたことは財政を知らない一年生議員にはわかりません。私達は合併前出しました14億円、または9億円以上の金を関ノ宮町氷の山國際スキー場の再開発事業に投資するべきだと訴える根拠の資料が見つかりました。関宮町の皆様と養父市の庶民の皆様に一般公開します。
6月23日
有線テレビ見ていたら、勝地議員中々養父市全域の広域に亘る一般質問をしていました.。私は前回の選挙で藤田県議を応援し、秘略を教えて当選させましたが、今日の質問を聞いて中々公平なしつもんする議員だと感心しました。西田議員も中々消防施設について質問されていた。葛畑の議員も中々地元の問題を提起。質疑されていました。来年は選挙の年です。愈々、我田引水。地元の利益にならない議員は落選させましょう。と、声が高まっています。同時に頭の古い議員は淘汰いたしましょう。政治は絶えず前に進みましょう。
後ろ向きの政治は駄目です。養父市の産業を崩壊させようとする議会議員は落選させましょう。生活者の生活を支える議員を一人でも多く当選させましょう。.
今日有線テレビて゜見た農林水産省から派遣されました、松岡伸一部長理事の答弁には感動しました。農林水産業から派遣された松岡伸一部長に拍手を送ります。最後に質問した勝地議員の質問に的確な答弁。さすがだなーと私、藤原文男は感心致しました。
氷の山國際スキー場再開発計画。提案。
1、氷の山國際スキー場の基点基地からの一人乗りリフト撤去。
2、この基地を約10m下に移動して架設基地を造る。
3、橋の向こうからこの基点基地に滑り込む。仮設橋の設置。
4、この基点基地まで道路をつける。
5、リフトの終点ファミリーリフト終点の右側の小高い丘に作る。
6、中間停留場は屋敷が平、長村重雄君の田んぼ辺りに作る。
7、終点からこの中間点まで初心者用のコースが出来る。
8、リフト中間点から下に下る初心者用コースの造成は喫緊の課題である。
9、現在の梨が平中間点から奈良尾村の基点基地に下るコースの造成。
10、熊次小学校のプールを埋め立て校庭を含めて200台収容の冬季間の駐車場をつくる。このリフト、駐車場の造成により
1億5000万円の収益を上げる。 資金は予算2億3000万 円。一般会計より投入。関ノ宮町から持ち出した資金を投入すること。
関宮町氷の山國際スキー場。再開発を促進し支援する会
今回私は辻本康次氏の調査をしてみました。以下の報告書を養父市に出していました。役場の職員に報告書を書かせてはいけません。
養父市の事務事業評価は、行政運営の効率化、透明性の確保、職員の意識改革を目的に、平成17年度から実施しています。<BR> 評価は、実施機関(部局等)が行う「自己評価」と、市民評価委員会が行う「市民評価」、それらを踏まえて市としての評価と見直し方針を示す「総合評価」からなります。<BR>
<BR>
今朝9時に家を出た。養父市役場。財政課に行ったが会議中、総務課長に氷の山国際スキー場と観光産業を潰そうとする議会議員勢力と闘おうの文書を渡す。
議会に行っていると今議長はお出掛け。玄関の付近に車を待っています。と係りの女の人が言う。急いで玄関に下りたら議長がいました。「藤原さん、この間の文書議員全員に渡しました」と言う。隣に市長がいたのでこの人にも渡す。いよいよ戦いは本番に入った感じである。家に帰りビールを飲む。昼ねして午後はまた温泉に浸かりに出る予定である。
こんな議会議員しか出せないような八鹿町、だから合併前倒産しそうになり、関宮町が合併の運動を起こしたから救われたのである。それらのことは私は平成15年度各町持ち出しの予算調書を調べてみてわかった次第である。合併していなければ八鹿町は財政再建団体に転落していただろう。そうしたことを何も知らない、八鹿町が合併前、如何に財政赤字に苦しんでいたのか?少なくとも財政問題を一般質問するばあいには、最低でも10年、20年、または30年前からの、その町の財政状況の研究をしてから致すべきである。人の書いた報告書をそのまま信じ込み一般質問の資料にするなど程度が知れているのである。間違いは無いのか?議会議員は一期や二期出ても相当勉強しなければ財政は解らないのである。解らなければ質問する資格は無いのである。
議会議員は何時も住民の立場に立って質問、質疑するべきであり、高いところから住民を見下すようなハツゴンをしてはいけないのである。一般質問、は当局にあらかじめ回答する問題を提起しています。当局は答弁を準備しています。答えは一般質問する以前に回答が出ています。答弁を引き出す前に答えが出ている。だからその答弁に対して更に建設的な質問を展開してこそ、「ナルボドナー」となるのです。「後ろ向きの政治家」とは誰でしょうか?
後ろを向いた政治なら養父市には要らないのです。
6月30日
関ノ宮町は養父市との合併のとき9億円以上持って出ました。八鹿町はたった五億円、大屋町は持って出た金、14億円の内8億円で役場を立てましたが、翌年12名に職員を減員。副市長落選の原因を作りました。人口比率でいうなら八鹿町は20数億円養父市に持って来るべきです。関宮町の氷の山國際スキー場の過疎債などの地方交付税積立金数億円のゾンザイすら知らない、勉強不足の議員が養父市議会で氷の山國際スキー場の赤字を追求していました。昨日水戸黄門はその一般質問のDVDを有線テレビ放送施設から手に入れました。4000円支払いました。養父市の財政課から合併当時の持ち出した各町の平成15年度決算書類も手に入れました。すべての証拠書類を入手しました。25日夜、鉢伏スキークラブ総会でもこの問題を提示しました。クラブ員80名に配布。29日には関ノ宮町老人クラブ連合会の旅行で関ノ宮町から養父市に持ち出した金の行方を提示、氷の山國際スキー場の再開発予算の必要性を提示します。同時に奈良尾、福定部落用地提供の地権者にもこの論旨を配布しました。
この間5月20日八鹿町マルキで関ノ宮町議会OB会が開かれました。栃下前町長は先日広瀬市長と会談しました。氷の山國際スキー場の運営について。です。「藤原さん、広瀬市長は氷の山國際スキー場は絶対養父市が経営します。」と話しました。私は今年になってから副市長と二回会談、二回目の時には新しく新任された農林水産省から派遣されました産業経済部長、松岡伸一氏、副部長、観光課長など4人を伴い、養父市役場で会談しました。その後私は松岡氏と観光課長の二人と面談、スキー場のコース造成について話しました。スキー場の経営は西垣君を氷の山國際スキー場専門の職員として雇っていますから、他に転勤させないように、夏も年間通じて仕事をさせるように申しました。
6月20日
今日養父市有線テレビにDVDを貰いに出た。22年12月16日二日目一般質問の要旨である。養父市議会便りによれば、平成23年度は、「氷の山國際スキー場を閉鎖すべきでは」とハツゴンされています。{養父市議会だより}。私はこのテレビを見ていなかったので多くの地元関ノ宮町の人たちの声を最近聞きました。その後議会に出て聞き、養父市市長と会談、副市長や部長と会談しましたが、市長は「氷の山國際スキー場は絶対維持し、養父市が継続して経営します」と前関ノ宮町町長栃下喜幸氏に話されたと聞きました。が、西村禮治議員の考えは関ノ宮町の観光産業に対する基本認識が間違っています。関ノ宮町議会OB会の皆様、関ノ宮町老人クラブ連合会の皆様。関ノ宮町地域局の皆様。熊次地域協議会の皆様。養父市森林組合OB会の皆様。氷の山國際スキー場地域の皆様。観光産業を誹謗中傷する議会議員を糾弾しましょう。氷の山国際スキー場と観光産業を潰そうとする議会議員勢力と闘おう
6月18日
今日は但馬文教府生活想像応援隊の日である。7時半出発しなければならない。
6月16日
今日朝有線テレビの情報課に出て、西村禮治議員の第44回の一般質問の趣旨をDVDに再録するようにお願いしてきました。養父市役場の議会に出て、議長に面会を申し出ましたが不在。藤井貢総務課長と面談。今日の午後養父市全員の区長協議会が開かれる模様と聞きました。私のホームページのコピー氷の山国際スキー場と観光産業を潰そうとする議会議員勢力と闘おう関宮町氷の山國際スキー場。再開発を促進し支援する会
詳しくは下記ページクリックしてください。氷の山国際スキー場の経営を考えるページ
「合併していなければ」と声が急速に高まっています。が、死んだ子の年を数えるようなものです。が、「関ノ宮町の皆さん、結束しましょう。」の声が急速に高まっています。行政と議会に要求しましょう。日本は有史以来の危機に落ち込んでいます。が、関ノ宮町も建設以来の危機に陥っています。関宮町には17億円の地方交付税が入っています。関ノ宮町の観光事業と吉井バイパスの道路開発、地元関ノ宮町住民の福祉に養父市の予算を投入することを叫ぶ議会議員を出しましょう。と、多くの声が聞こえてきます。
我田引水。地元のことを叫ばない議員は要りません。との声が大きく聞こえてきます。議会議員選出の調整をしましょう。と、大きな声が聞こえます。関宮町議会議員OB会の皆さんの声です。


氷の山。鉢伏頂上より撮影。3月20日 もうすぐ咲きます。熊次小学校の桜
氷の山、鉢伏せスキー場開発の歴史について、詳しくは私の著書「しらにしの吹く頃」参照。
戦前、戦後何時の頃からか氷の山ツアースキーからスキー場にリフトを架けて滑るゲレンデスキー場が発生していった。村々にスキー場が造成されてゆきました。
冬は雪が降ります。昔から出稼ぎしていた但馬地方に雪を利用した施設を造ろう。と長年の間に地元の友人たちとの共同作戦でスキー場は造られました。私の丹戸の友人はみんな鉢高原に民宿を建てに上がりました。が私は奈良尾村、鉢高原に上がる土地がないので下の村で営業しています。
鉢高原スキー場の誕生と民宿の発展。
出稼ぎからの開放を求めて私たちは立ち上がりました。 草谷山荘の誕生、昭和30ごろには丹戸、大久保にも民宿が発生していました。
大阪堺の資本、開発観光を誘致、リフトは鉢高原を目指して造成されました。折からのスキーブームにのりスキー場は一気に発展しました。
詳しくは私の著書「しらにしの吹く頃」参照。昭和48年鉢頂上でハチ北スキー場と連携しました。「横角」といわれる鉢高原に丹戸、大久保の民宿が多くの宿を建てに上ってゆきましたが、昔からの下の村で営業している民宿と、高原に上がって家を建てた人たちと紛争が起こりました。当時、合併して出来た関ノ宮町の町長、和田幹夫の妹婿は「万久里村」関宮農協組合長をしていました。経済紛争は関ノ宮町全土を巻き込みました。鉢高原に上った民宿は宿の仕入れを農協との取引を始めました。その取引停止せよと迫りました。が、儲かる仕事の仕入れ事業に農協は精力的に供給してゆきました。
下の民宿、大久保、福定、奈良尾、丹戸、梨が原、草出の民宿が結束して「関宮農協の預金引き出し」と農協からの取引停止闘争を始めました。色々な紛争に頭を悩ました
関宮町長は氷の山國際スキー場の創設を決意しました。和田幹夫町長当選、誕生の翌年、私も地元の推薦で関ノ宮町議会議員に立候補しました。
私が議会に出た頃は観光事業にたいする風当たりは関ノ宮町全土に相当ありましたが、熊次地方のスキー場の経済紛争の現状打開のため、関ノ宮町議会全員の賛成で氷の山國際スキー場予算10億円。可決しました。奈良尾、福定村は八木川から氷の山にかけて、個人営業の商売施設は作らないことを合意しました。リフト、食堂も村と関ノ宮町の経営です。従って今回の民間委託は地元以外の人には営業させることは合意事項の法律違反です。養父市か、地元の村以外の営業は出来ません。私は明治以前からの自分の土地、2ヘクタールをすべて村に提供、村は関ノ宮町のスキー場に無償で用地提供しました。福定、奈良尾村の全用地を無償提供しました。明治以後の農地革命以上の改革に、関ノ宮町全議員は感動して「予算10億円」賛成しました。
氷の山。奈良尾村の産業と歴史
氷の山国際スキー場の誕生
今、氷の山國際スキー場は管理委託の問題が浮上しているようです。又、個人所有地の土地代が高いと問題にされているようです。それらの問題を提起する前に解決しなければならない用地保障費について書いておきます。私は隠居の藤原文男です。私が何故、奈良尾、福定基点基地にこだわるのか?養父市有土地でも(縁故使用地)無償で用地提供した契約の土地だからです。
明治政府の創立と法律の整備
明治十二年祖父が家を継ぎ独立した頃は日本の土地の登記も無く、明治政府の基盤が未だ確立していなかった。 当時の土地は旧慣に基づく土地使用権、入会権の土地であり、開墾しただけ自分の土地として耕作権が永代に認められていた。その頃漸く農民に農作物を自分の希望する作物を自由に作らせる制度が出来た、また土地や田畑の永代売買の禁を解いた、地租改正、財政制度の整備、封建的諸拘束の撤廃など急速に改革が行なわれた時代だった。 帝国憲法が明治二十二年制定された、戸籍簿の作成と登記などこの頃確定している、 百姓は百年の歳月の土台がないと成り立つ仕事ではない、
旧慣に基ずく縁故使用地について、明治憲法や土地登記法が確立される以前から耕作されていた土地。
永代耕作権。土地は熊次村に登記されましたが奈良尾村の土地です。が、内容的には明治以前からの地権者、永代耕作権者にその土地の権利があります。スキー場造成のために無償で提供しましたが、永代耕作権は私藤原文男に権利があります。詳しくは(地方自治法最高裁、判例参照)。また、それ以外の土地は奈良尾村、福定村の人たちにも権利があります。村名義であっても個人の永代耕作権があります。
わたくしは今何故この問題を提起するのか? 戦後すぐの農地改革の折、ハチ高原の土地、丹戸、などの村名義の土地が当時の耕作者に農地解放令で耕作者に登記されました。個人に名義が移りますと外部の人に売り、ハチ高原のど真ん中に大阪や都市の人に地権が移りました。また土地は相続で売買されてゆきました。奈良尾村、福定村の土地は(数十ヘクタール)当時農地解放せずに、耕作者は永代耕作権のまま耕作を続けていました。私たちは氷の山国際スキー場創設のさい耕作している土地を夫々無償で村に提供、村は関宮町に無償で提供され現在に至っています。 私の土地はスキー場に2町歩くらいあります、岐柳、わさびを作っていました。(スキー場以外全部で2ヘクタール)永代耕作権の確立した土地であることを明記しておきます。このことをご存知でしょうか?
氷の山国際スキー場が出来たとき、私の家は祖父が独立してから百三十年を経過していた。 祖父と父が汗と油で開墾した土地、生活の基盤の土地を国際スキー場造成の為無償で提供した。「柳とわさび畑を全部出した」私は父に告げた。ギロリと剥いた父の目は怒っていた。 父が死ぬ前の年だった。「いわなければ良かった。」その目は怒っていた。「わりやあー、うららが、100年かかって造った土地を捨てたな。」無言の目があった。あれだけ元気だった父が、がっくりしていた。
土地を全部、無償で提供しスキー場は完成した。私は農民としての生活の基盤を失った。戦いは背水の陣であった。今スキー場は赤字経営にあえいでいる。スキー場を造成したことが良かったのか失敗であったのか、それは今後の歴史が決めるだろう。 私が関宮町議会に立候補したのは、父が逝った明くる年、昭和56年私が51歳の時だった。今年平成23年、81歳を迎える。
今、スキー場に全く関係ない土地の権利ある家が村の半数を超えています。
養父市が用地保障費の問題を提起すれば、「寝た子を起こす」「30年間無償提供」の土地代を保障せよとなります。
奈良尾字要山の大清水は藤原の家で明治以前から開墾し作られていた、氷の山から岩や土にしみ込み地下に浸透した水がこんこんと湧き出している、水の出る土地は沃く肥えている土地である。山毛欅(ぶな)や紅葉の落葉樹が長年にわたり流れてきた氷の山の土は作物が良くできた。
氷の山の奈良尾村の縁故使用地として土地は熊次村名義に登記され、日本国憲法や地方自治法が確立される以前。土地所有が確定される以前に祖父達は土地の開墾を完成していた。{旧慣に基ずく縁故使用地)
その頃法律の知識に詳しい人達は自分名義に登記した。登記すれば税金がいる。無知な農民は税金を払わず耕作できる村名義の登記方法を選んだ。学問のある法律知識に詳しい人達は自分名義に多くの土地を登記した。柳ごうりの原料杞柳は、北向きの土地の氷の山の畑には、しなやかな柳の生産に絶好の特産地として但馬豊岡商人に好まれた。
氷の山国際スキー場。30年前、棚田を全部つぶしてスキー場は完成しました。が、田んぼを潰す事は先祖に申し訳ないと思っています。それだけにスキー場は何物にも変えがたい村の命です。数十ヘクタールの用地を無償で提供しています。 スキー場を廃止せよとか言う議会議員や行政改革委員会委員長などとはその人を相手に、私は実名を挙げて、あらゆる情報機関と映像発信で訴えて行きます。廃止せよと言う人とは私藤原文男が法的に闘います。関ノ宮町は合併の条件です。当時の関宮町長和田幹夫との合意事項だからです。注{ハチ、ハチ北の用地保障費は部落有地もすべて支払われています}関ノ宮町と合併した養父市がある限り廃止することは出来ません。
未曾有の国難。 勝ち抜きましよう勝つまでは。一億一心。挙国一致。政治政争はやめましょう。先ず政府、治自体に協力しましよう。自分の政党の党利党略の政治家は排除しましょう。日本国民団結することです。逆境に負けず、耐え忍ぶことです。困っている被災者の救済に、文句を言わずに協力しましよう。関宮町議会OB会。
2011年度。研究但馬ふるさとづくり大学提出論文。藤原文男。
はじめに
氷の山はそれを取り巻く、養父市、関宮町、大屋町横行、若杉峠、宍粟市、戸倉、鳥取県智頭郡若桜町ツキヨネ、八頭町、鳥取市、扇の仙、兵庫県香美町、美方町小代。など周辺の村々には独特の文化や遺跡が育っています。
その中で今回は、私の住む村養父市、関宮町奈良尾から取り上げました。氷の山はふるさとの山です。この山は冬は大雪がふり そこに住む村人を苦しめていました。子供のころから成長して大人になったころは、氷の山が無ければよい。と、呪っていました。が、この地に生きて生活しようと決心してから、山を利用し山とともに生きようと、氷の山を利用する方法を考えました。
支那事変戦争のころから、都会からスキーヤーが訪れ、戦後は観光地として変貌しました。山岳スキーから始まる。「ぶん回しスキーツアー。」「氷の山から鉢伏山にスキーツアーするときちょうど、コンパスを回す形でスキーツアーするところからこの呼称が生まれた。私の著書「しらにしの吹く頃」にかきました。 毎日眺めている氷のやまを今回の提出論文にまとめてみました。この文は私がインターネットで検索。転載しました。が、誰でも検索できます。写真を多くインターネットから転載、載せました。伊勢道としての氷の山、「氷の山神宮」今も残る「弘法が平。」弘法大師空海の歩いた遺跡の残る弘法水、氷の山。熊次村全村一ヶ寺の「真言宗日隆寺」など天照神宮と弘法大師。の足跡の残る山だと知りました。今まで、但馬や日本、世界の旅に出かけていましたが、もう年をとりましたのでふるさと回帰。記録としてまとめてみました。色々と書いた本は多いですがここでは写真を主として「いせみち。」「弘法大師の歩いた道」「氷の山神宮争奪戦の記録」など載せます。氷の山は因幡の国から京の都への近道、参勤交代の近道として、駒次、(こまつぐ)から熊次村に変化。因幡地方からの伊勢道。など多くの伝説や遺跡など多く残っています。「但馬遺産を巡る」そこに残したい但馬がある。 より参照。


関ノ宮町議会oB会20日。 関宮町老人クラブ連合会
関ノ宮町には17億円の地方交付税が入っています。頑張りましょう。観光の町関ノ宮町。関ノ宮町老人クラブ連合会の皆様。私が何故氷の山国際スキー場と民宿村を守ろうとするのか?
氷の山国際スキー場経営で養父市は儲ける経営をしましょう。儲かる方法提言します。
題名テーマ。氷の山にゴンドラを架けよう。交流人150万人の夢を実現しましょう。

紅葉登山大会。市長挨拶。好天気の中、登山開始しました。
養父市長様。以下の募集が但馬県民局よりありましたので、応募しました。よろしくご検討ください。
議会議員は民間企業でいえば経営者です。重役です。発語んする場合には市が儲かる方法を提言するべきです。財政経済のわからない人は発言しないことです。質問とは市長や部課長に聞くのでは駄目なのです。自分の考えをぶつけて市長や課長の考えを質す。一般質問とはそうしたものです。わからないことは役場の職員に内緒で聞きに行けばよろしい。わざわざ本会議でわからないことを質問などするのは本会議の時間の浪費です。市民の前で勉強不足を見せつけると市民が失笑します。何のために議会議員に高給を支払っているのでしようか?議会議員は常在戦場なのです。毎日が市民のための戦場なのです。批判をうるさいとか、言われては困るなどとは勉強不足です。いやなら議会議員をやめたらよろしい。
最後まで生き残るのが氷の山国際スキー場である。何故なら兵庫県一高い氷の山をバックに北向きの斜面、自然の条件。スキー滑降コースの整備された広い、長いコースのスキー場である。兵庫県内では一番のスキー場である。経営者は負けたらお仕舞いだ。地方交付税、旧関宮町には来年度予算17億円入るらしい。この内から二億円投入すれば設備の近代化が出来ます。スキー場設備とコースはもう完成しています。人件費も同じ金で経営できます。今二億円投入して、毎年1億5000万円の増収を図る。黒字経営に転換できます。スキー場に毎日出ている私は、数十年間スキー場の経営を見てきました。スキー場経営は素人には出来ません。何よりも設備の近代化と設備資金の投入が今必要なのです。一般会計から出資金として出資してください。
農業は駄目です、工場誘致も中々です。今、氷の山国際スキー場の設備更新に二億円投入してくださいと言う声が広がっています。「他所のスキー場が閉鎖していたから此処も駄目だ。」など後ろ向きの政治です。氷の山国際スキー場が潰れたらハチ高原スキー場、ハチ、ハチ北スキー場も潰れます。関宮町の観光産業の夏山観光も潰れます。観光事業は連鎖反応します。養父市の観光がみな潰れます。但馬の冬山観光が潰れたら夏山観光も潰れます。今こそ地方交付税を観光産業に投入するときです。
今まで関ノ宮町時代の経営はO円から観光事業投資出発。10年間で借り入れ金全額返済。過疎対策事業債や、企業債に対する地方交付税積立金、10数億円。一般会計に積み立てました。その金は養父市に合併のときすべてもってでました。合併まで再開発企画費に4、500万円投入。合併していなければ再開発投資出来ていました。関宮町は毎年経常経費は黒字でした。氷の山国際スキー場会計は、創立以来、関ノ宮町の資金は一円も投入せず全額借り入れていました。養父市に合併してすぐに再開発に着手していれば黒字経営できていました。スキー場をたれよりも良く知る経験者を経営者に当てるべきです。そのためには初心者や家族ずれの喜ぶ施設、リフト、滑降コースの整備が必要です。また、用地交渉も必要になります。地元の人をその任に当ててください。観光事業は負けたらお終いです。箱物投資は止めましょう。一般会計からのリフト設備投資を、資本金または出資金として投資してください。


ハチ伏山。 氷の山国際スノーフエステイバル。右文さん。左養父市長
氷の山國際スキー場が赤字だと言う。が、関ノ宮町議会全員の賛成で創立したスキー場である。養父市合併、氷の山國際スキー場再開発計画は頓挫されています。再開発して儲かるスキー場にしようとする私達のスキー場関係者。スキー場を閉鎖せよと言う議会議員。私達の村と生活を破滅させようとする勢力と闘いましょう。来年は選挙の年です。関宮町の皆様、立ち上がりましょう。合併以来儲かるためのリフト改造計画など一切無く。三本の一人乗りリフトは30年間、放置されています。このリフトを三人乗りリフト。または{ゴンドラリフト}に設備投資して儲かるスキー場にしましょう。と、私達は立ち上がります。関宮町の皆さん、養父市内の私の友人知人、親戚のみなさん、スキーを愛好するみなさんのご支援をお願いいたします。インターネットと映像発信。あらゆる情報機関を総動員して私達は関宮町、兵庫県、日本全国のスキー愛好家の皆様に訴えてゆきましょう。


文さん 大雪の草谷山荘
氷の山國際スキー場赤字の原因は一人乗りリフト設備の老朽化が原因です。毎年3000万円、4000万円もの赤字補填していると、スキー場の商売を知らない議会議員は言います。が、関宮町が合併していなければ設備の更新と再開発のスキー場に予算投入は出来ていました。和田山豊岡道路は来年開通します。八鹿から氷の山国際スキー場は約30分で来れます。日帰りスキーヤーは必ず増えてきます。家族ずれ、初心者用のスキー場造成が喫緊の課題です。リフトを3人乗りに改造し、設備更新に2億3000万円。スキーコースを作れば毎年1億5000万円の増収は可能です。ゴンドラリフトの場合は10億円。投入。{注、ゴンドラリフトに改造すれば宣伝効果で3億円売り上げ可能}養父市は設備投資をするべきです。
{3億円売りあげる方法。}
大幹線林道を部分的に拡幅し、水路にふたをする。道路幅5Mにします。圧雪して初心者用滑降コースにしましょう。長く雪の多い滑降コースができます。爆発的にスキーやーが増えます。氷の山国際スキー場の真ん中からすべりだし、福定、奈良尾リフト起点までのコースを{林道として造成}作れば、ハチ高原以上の長く緩やかな初心者用コースができます。やる気があればできることです。このコースの造成により、小学校から大学まで、学校のスキーやーや、一般初心者、家族ずれの誘致が爆発的にできます。3億円以上の増収は可能です。北向きの雪の多いコースです。暖冬の年でも滑れます。ぜひやりましょう。拡幅予算は兵庫県と協議し、場合によっては県に金が無ければ市道に払い下げ、実行することです。道路拡幅予算は一級市道として何よりも投資することです。
合併前、関宮町経済が何故黒字経営できたのでしょうか? 観光事業に投資しない八鹿町が何故赤字経営だったのでしょうか?大屋町が何故黒字経営だったのでしょうか? 観光経済経営を取り入れようとする経営感覚が議会議員にないと赤字になります。今回のスキー場批判の一般質問はまあ、これくらいにして次の論説に移ります。
私はなぜ今このリフトの建設を提言するのか? 観光産業は先行投資です。他所のスキー場が潰れたからここもだめだ。など念仏です。他所のスキー場が潰れるから氷の山の初心者用リフトが必要なのです。潰れたところのスキー客を吸収しましょう。これからは民宿の時代は終わりました。今頃のスキー客はもう泊まりません。日帰りスキー場としての発展策を立てることが地域経済の再生に繋がるのです。私の土地2ヘクタールと奈良尾、福定の土地は数十ヘクタール無償で提供しています。今、村は、民宿は潰れてもスキー場は守らなければならないと決心しています。スキー産業を死守しましよう。と、私たちは立ち上がります。
来年は八鹿町高柳まで無料の高速道路が乗り入れます。スキー客は高い高速道路料金の岐阜、信州よりも安い高速道路料金と早くスキー場に来れる好条件で必ず勝ち抜けます。少子高齢化といわれていますが、観光産業への設備投資で養父市の財政を豊かにいたしましょう。赤字補填の財政から、利益の上がる黒字経営のスキー場にいたしましょう。冬は必ず雪が降ります。雇用を増やす政策こそ大事です。福祉産業、教育産業、も大切ですが何よりも都会の金を導入する交流人を増やす観光産業が、いろいろさまざまな産業への波及効果があります。観光産業は新たな雇用を生みます。仕入事業、消費需要、銀行産業に地元の産業に金が流通します。税収となって収益に貢献します。世界の旅を終えた私も及ばずながら全面的に協力いたします。よろしくお願いいたします。


草谷山荘林間学校 紅葉の草谷山荘
「有限会社奈良尾村氷の山国際ロッジ」に民間委託を受諾。促進するための準備を。と訴えます。儲かる方法。
氷の山国際スキー場が赤字だ。と騒いでいますが、関宮町はスキー場創設に一円の金も出していません。全額借り入れ、10年間に10億円全額返済しました。つまりゼロ円から出発し10間でスキー場の資産をのこしました。投資した10億円の起債には地方交付税が毎年入りました。その金はすべて関宮町の一般会計に積み立てました。合併したときこの金は養父市に全額持って出ました。同時に氷の山国際スキー場特別会計の赤字も、赤字のまま養父市にもって出ました。合併以前再開発計画を立てましたが合併したら養父市は大変な赤字財政に陥っていました。その原因は八鹿病院組合議会の殿様議会で、合併のドサクサに、みんな合併で逃げ腰の議会議員が、八鹿病院とその責任者が提出した議案が通り130億円という建設改良費。が養父郡と香美町のうち村岡、美方町の負担で建設改良費は住民の税金で全額返済すると決められた議案が決議されていました。香美町は財政赤字に陥りました。合併して出来た養父市も{行け行けどんどん。}と、箱物投資に走りました。大屋町はいりもしない役場に8億円投入、。合併して学校は一杯余っているのに学校建設。養父市はこの八鹿病院借入金の返済に今年も10億円予算投入。毎年借入金を返済しなければなりません。
氷の山國際スキー場は関ノ宮町全議員の賛成で創立したスキー場である。鉢高原を含めて冬季間の雇用対策として、定年退職した人たちの年金受給までの冬季収益に無くてはならない事業である。合併していなければ儲かるスキー場に再開発投資が出来ていた。赤字の原因は30年間一人乗りリフト3本の改造投資を怠った行政責任である。関ノ宮町は再開発計画を建て4500万円の調査費を投入しましたが、合併によりすべての投資計画は先送りされました。その調査費も氷の山國際スキー場の借入金に入っています。合併した今こそ、リフトの改造に2億3000万円、又は、{ゴンドラリフトに10億円}
一般会計から出資金として地方交付税を投入させましょう。儲かる観光事業に投資させましょう。
氷の山國際スキー場再開発計画。提案。
1、氷の山國際スキー場の基点基地からの一人乗りリフト撤去。
2、この基地を約10m下に移動して架設基地を造る。
3、橋の向こうからこの基点基地に滑り込む。仮設橋の設置。
4、この基点基地まで道路をつける。
5、リフトの終点ファミリーリフト終点の右側の小高い丘に作る。
6、中間停留場は屋敷が平、長村重雄君の田んぼ辺りに作る。
7、終点からこの中間点まで初心者用のコースが出来る。
8、リフト中間点から下に下る初心者用コースの造成は喫緊の課題である。
9、現在の梨が平中間点から奈良尾村の基点基地に下るコースの造成。
10、もうひとつの方法は現在の基点から、梨が平までのリフトとする。屋敷が平から、終点まで二本のリフトとする。
11、 熊次小学校のプールを埋め立て校庭を含めて200台収容の冬季間の駐車場をつくる。このリフト、駐車場の造成により 1億5000万円の収益を上げる。 資金は予算2億3000万円。一般会計より投入。関ノ宮町から持ち出した資金を投入すること。
注、ゴンドラリフトだと宣伝効果があります。3億円の売り上げもできます。
12、このリフト建設と駐車場平日無料、リフト料金に含める。駐車場土日1000円。無料も検討すること。奈良尾、付近の駐車場はすべて借り上げ、学校の運動場を含めて、一本の駐車場経営にすること。ゴンドラの場合は駐車場無料。リフト料金に上乗せすること。無料送迎バス運行。
関宮町氷の山國際スキー場。再開発を促進し支援する会
養父市議会議員の一般質問に反論する
昨年12月16日開催の第44回養父市議会定例会二日目。氷の山國際スキー場の経営について。有線テレビの映像や諸々の資料がととのいましたので反論します。私がなぜある議員の平成22年12月16日第44回養父市定例議会の一般質問を問題にするのか?
スキー場はこの年の春から従業員は一人もいませんでした。
漸く配置されたのは11月中ごろでした。議会で鋭く赤字経営を追及されて、現場職員を他所に配置転換、スキー場の問い合わせにも職員は一人もいなかったのです。「藤原さん、今年スキー場は経営するのですか?」私のところに多くのスキーやーから問い合わせがありました。その年の秋の議員の一般質問で、続いて議会広報。多くのスキーヤーは「氷の山国際スキー場は閉鎖」された。との情報が流れていました。スキーシーズンにこれから入ろうとする12月16日の一般質問は、地元関宮町全域に、関西のスキー界、但馬や養父市全域に広がりました。民宿やリフト従業員の不安は極度に達していました。それでも私は一般質問のテレビを見なかったので知りませんでした。が、シーズン中ごろ知りました。これから商売を始めようとするとき、「店を閉鎖しては」などと経営者の重役が一般公開の株主総会で発語んしたら、商売は成り立ちません。私は一般質問の内容よりもその発語んの時期を問題にしているのです。が、まあ、この問題はこれ以上追及いたしません。後は議会議員の常識の判断に訴えます。


伊豆の大島にて、 遍路の旅平成23年春四国八十八ヶ所めぐり
平成15年度合併する年の春の決算で、関宮町から9億900万円養父市に持ち出しています。八鹿町、倒産寸前の決算年度末残高5億5000万円です。氷の山國際スキー場の年度末決算、貸付金。1億2700万円です。関ノ宮町が積み立て持ち出した金のうち数億円は氷の山國際スキー場の起債(過疎債他)に対する地方交付税収入の積立金、金利など一般会計に積み立てた金です。関ノ宮町は合併前再開発計画を建てました。その調査費も貸付金に入っています。本来調査費などは一般会計から支出するべきです。合併したら「再開発計画の予算はすぐに付くだろう。」と、私たちは栃下町長に期待し選挙で応援、当選しました。が、合併したら八鹿町など財政赤字、八鹿病院に130億円投資。大屋町は15億円持ち出しの内約8億円の資金で副市長が役場を建設するなどの放漫経営。続いて落選。が、関ノ宮町氷の山國際スキー場の再開発計画は放置されています。三本の一人乗りリフトは30年間改善されていません。当初の基点基地からの4人乗りリフト2億3000万円と滑降コースの増設を私たちは提案致します。
合併前、平成15年財政、総務専門部会に提出された書類によると。最終総務専門部会。平成15年10月15日の文書。
普通会計、各種基金総計。八鹿町、9億3千100万円、養父町11億5500万円。大屋町15億8200万円。関ノ宮町14億4500万円。この時点で提出されましたが、合併で出されました金は八鹿町約9億3000万円、関ノ宮町14億4500万円でした。大屋町は15億8000万円でした。だから大屋は8億円で役場を立てたのでしょう。ところで此処で判ることは合併以前の八鹿町の財政が人口比率で見た場合いかに少なく、倒産寸前の財政だったことが判るでしょう。そうしたことは財政を知らない一年生議員にはわかりません。私達は合併前出しました14億円、または9億円以上の金を関ノ宮町氷の山國際スキー場の再開発事業に投資するべきだと訴える根拠の資料が見つかりました。関宮町の皆様と養父市の庶民の皆様に一般公開します。
関ノ宮町議会oB会20日。関ノ宮町には17億円の地方交付税が入っています。頑張りましょう。観光の町関ノ宮町。関ノ宮町老人クラブ連合会の皆様。
養父市合併のとき関ノ宮町は14億円養父市に持って出ました。氷の山國際スキー場の地方交付税積立金は数億円以上。一般会計に積み立てられていました。八鹿町は合併のときたった5億円持って出ました。養父町11億円。大屋町15億円でした。か゜大屋町は8億円かけて合併してから役場を建てました。そのあくる年職員12名に減員しました。現在、関ノ宮町はスキー場再開発予算も先送りされて、捨て置かれています。そのため一人乗りリフトは30年間捨て置かれています。赤字の原因を放置されています。
関宮町氷の山國際スキー場。再開発を促進し支援する会
氷の山國際スキー場再開発計画。提案。
関ノ宮町から合併当時持ち出した金と、各町から持ち出した金がどのように使われたのでしょうか?養父市の皆様、関宮町の皆様。公平であるべき対等合併の正体を追致しましよう。世論に声を広げて来年の選挙に訴え、選挙で勝利しましょう。住民の味方は誰なのか?議会議員の今後の発語に注意しましょう。
昨年12月16日開催の第44回養父市議会定例会二日目。氷の山國際スキー場の経営について。有線テレビの映像や諸々の資料がととのいましたので反論します。これからボツボツ書いてゆきます。来年の春ごろ。本にして出版する予定です。
平成15年度合併する年の春の決算で、関宮町から9億900万円養父市に持ち出しています。八鹿町、倒産寸前の決算年度末残高5億5000万円です。氷の山國際スキー場の年度末決算、貸付金。1億2700万円です。関ノ宮町が積み立て持ち出した金のうち数億円は氷の山國際スキー場の起債(過疎債他)に対する地方交付税収入の積立金、金利など一般会計に積み立てた金です。関ノ宮町は合併前再開発計画を建てました。その調査費も貸付金に入っています。本来調査費などは一般会計から支出するべきです。合併したら「再開発計画の予算はすぐに付くだろう。」と、私たちは栃下町長に期待し選挙で応援、当選しました。が、合併したら八鹿町など財政赤字、八鹿病院に130億円投資。大屋町は15億円持ち出しの内約8億円の資金で副市長が役場を建設するなどの放漫経営。続いて落選。が、関ノ宮町氷の山國際スキー場の再開発計画は放置されています。三本の一人乗りリフトは30年間改善されていません。当初の基点基地からの4人乗りリフト2億3000万円と滑降コースの増設を私たちは提案致します。
合併前、平成15年財政、総務専門部会に提出された書類によると。最終総務専門部会。平成15年10月15日の文書。
普通会計、各種基金総計。八鹿町、9億3千100万円、養父町11億5500万円。大屋町15億8200万円。関ノ宮町14億4500万円。この時点で提出されましたが、合併で出されました金は八鹿町約9億3000万円、関ノ宮町14億4500万円でした。大屋町は15億8000万円でした。だから大屋は8億円で役場を立てたのでしょう。ところで此処で判ることは合併以前の八鹿町の財政が人口比率で見た場合いかに少なく、倒産寸前の財政だったことが判るでしょう。そうしたことは財政を知らない一年生議員にはわかりません。私達は合併前出しました14億円、または9億円以上の金を関ノ宮町氷の山國際スキー場の再開発事業に投資するべきだと訴える根拠の資料が見つかりました。関宮町の皆様と養父市の庶民の皆様に一般公開します。
6月23日
有線テレビ見ていたら、勝地議員中々養父市全域の広域に亘る一般質問をしていました.。私は前回の選挙で藤田県議を応援し、秘略を教えて当選させましたが、今日の質問を聞いて中々公平なしつもんする議員だと感心しました。西田議員も中々消防施設について質問されていた。葛畑の議員も中々地元の問題を提起。質疑されていました。来年は選挙の年です。愈々、我田引水。地元の利益にならない議員は落選させましょう。と、声が高まっています。同時に頭の古い議員は淘汰いたしましょう。政治は絶えず前に進みましょう。
後ろ向きの政治は駄目です。養父市の産業を崩壊させようとする議会議員は落選させましょう。生活者の生活を支える議員を一人でも多く当選させましょう。.
今日有線テレビて゜見た農林水産省から派遣されました、松岡伸一部長理事の答弁には感動しました。農林水産業から派遣された松岡伸一部長に拍手を送ります。最後に質問した勝地議員の質問に的確な答弁。さすがだなーと私、は感心致しました。
氷の山國際スキー場再開発計画。提案。
1、氷の山國際スキー場の基点基地からの一人乗りリフト撤去。
2、この基地を約10m下に移動して架設基地を造る。
3、橋の向こうからこの基点基地に滑り込む。仮設橋の設置。
4、この基点基地まで道路をつける。
5、リフトの終点ファミリーリフト終点の右側の小高い丘に作る。
6、中間停留場は屋敷が平、長村重雄君の田んぼ辺りに作る。
7、終点からこの中間点まで初心者用のコースが出来る。
8、リフト中間点から下に下る初心者用コースの造成は喫緊の課題である。
9、現在の梨が平中間点から奈良尾村の基点基地に下るコースの造成。
10、熊次小学校のプールを埋め立て校庭を含めて200台収容の冬季間の駐車場をつくる。このリフト、駐車場の造成により
1億5000万円の収益を上げる。 資金は予算2億3000万 円。一般会計より投入。関ノ宮町から持ち出した資金を投入すること。
関宮町氷の山國際スキー場。再開発を促進し支援する会
今回私は辻本康次氏の調査をしてみました。以下の報告書を養父市に出していました。役場の職員に報告書を書かせてはいけません。
養父市の事務事業評価は、行政運営の効率化、透明性の確保、職員の意識改革を目的に、平成17年度から実施しています。<BR> 評価は、実施機関(部局等)が行う「自己評価」と、市民評価委員会が行う「市民評価」、それらを踏まえて市としての評価と見直し方針を示す「総合評価」からなります。<BR>
<BR>
今朝9時に家を出た。養父市役場。財政課に行ったが会議中、総務課長に氷の山国際スキー場と観光産業を潰そうとする議会議員勢力と闘おうの文書を渡す。
議会に行っていると今議長はお出掛け。玄関の付近に車を待っています。と係りの女の人が言う。急いで玄関に下りたら議長がいました。「藤原さん、この間の文書議員全員に渡しました」と言う。隣に市長がいたのでこの人にも渡す。いよいよ戦いは本番に入った感じである。家に帰りビールを飲む。昼ねして午後はまた温泉に浸かりに出る予定である。
こんな議会議員しか出せないような八鹿町、だから合併前倒産しそうになり、関宮町が合併の運動を起こしたから救われたのである。それらのことは私は平成15年度各町持ち出しの予算調書を調べてみてわかった次第である。合併していなければ八鹿町は財政再建団体に転落していただろう。そうしたことを何も知らない、八鹿町が合併前、如何に財政赤字に苦しんでいたのか?少なくとも財政問題を一般質問するばあいには、最低でも10年、20年、または30年前からの、その町の財政状況の研究をしてから致すべきである。人の書いた報告書をそのまま信じ込み一般質問の資料にするなど程度が知れているのである。間違いは無いのか?議会議員は一期や二期出ても相当勉強しなければ財政は解らないのである。解らなければ質問する資格は無いのである。
議会議員は何時も住民の立場に立って質問、質疑するべきであり、高いところから住民を見下すようなハツゴンをしてはいけないのである。一般質問、は当局にあらかじめ回答する問題を提起しています。当局は答弁を準備しています。答えは一般質問する以前に回答が出ています。答弁を引き出す前に答えが出ている。だからその答弁に対して更に建設的な質問を展開してこそ、「ナルボドナー」となるのです。「後ろ向きの政治家」とは誰でしょうか?
後ろを向いた政治なら養父市には要らないのです。
6月30日
関ノ宮町は養父市との合併のとき9億円以上持って出ました。八鹿町はたった五億円、大屋町は持って出た金、14億円の内8億円で役場を立てましたが、翌年12名に職員を減員。副市長落選の原因を作りました。人口比率でいうなら八鹿町は20数億円養父市に持って来るべきです。関宮町の氷の山國際スキー場の過疎債などの地方交付税積立金数億円のゾンザイすら知らない、勉強不足の議員が養父市議会で氷の山國際スキー場の赤字を追求していました。昨日水戸黄門はその一般質問のDVDを有線テレビ放送施設から手に入れました。4000円支払いました。養父市の財政課から合併当時の持ち出した各町の平成15年度決算書類も手に入れました。すべての証拠書類を入手しました。25日夜、鉢伏スキークラブ総会でもこの問題を提示しました。クラブ員80名に配布。29日には関ノ宮町老人クラブ連合会の旅行で関ノ宮町から養父市に持ち出した金の行方を提示、氷の山國際スキー場の再開発予算の必要性を提示します。同時に奈良尾、福定部落用地提供の地権者にもこの論旨を配布しました。
この間5月20日八鹿町マルキで関ノ宮町議会OB会が開かれました。栃下前町長は先日広瀬市長と会談しました。氷の山國際スキー場の運営について。です。「藤原さん、広瀬市長は氷の山國際スキー場は絶対養父市が経営します。」と話しました。私は今年になってから副市長と二回会談、二回目の時には新しく新任された農林水産省から派遣されました産業経済部長、松岡伸一氏、副部長、観光課長など4人を伴い、養父市役場で会談しました。その後私は松岡氏と観光課長の二人と面談、スキー場のコース造成について話しました。スキー場の経営は西垣君を氷の山國際スキー場専門の職員として雇っていますから、他に転勤させないように、夏も年間通じて仕事をさせるように申しました。
6月20日
今日養父市有線テレビにDVDを貰いに出た。22年12月16日二日目一般質問の要旨である。養父市議会便りによれば、平成23年度は、「氷の山國際スキー場を閉鎖すべきでは」とハツゴンされています。{養父市議会だより}。私はこのテレビを見ていなかったので多くの地元関ノ宮町の人たちの声を最近聞きました。その後議会に出て聞き、養父市市長と会談、副市長や部長と会談しましたが、市長は「氷の山國際スキー場は絶対維持し、養父市が継続して経営します」と前関ノ宮町町長栃下喜幸氏に話されたと聞きました。が、関ノ宮町議会OB会の皆様、関ノ宮町老人クラブ連合会の皆様。関ノ宮町地域局の皆様。熊次地域協議会の皆様。養父市森林組合OB会の皆様。氷の山國際スキー場地域の皆様。観光産業を誹謗中傷する議会議員を糾弾しましょう。氷の山国際スキー場と観光産業を潰そうとする議会議員勢力と闘おう
6月18日
今日は但馬文教府生活想像応援隊の日である。7時半出発しなければならない。
6月16日
今日朝有線テレビの情報課に出て、西村禮治議員の第44回の一般質問の趣旨をDVDに再録するようにお願いしてきました。養父市役場の議会に出て、議長に面会を申し出ましたが不在。藤井貢総務課長と面談。今日の午後養父市全員の区長協議会が開かれる模様と聞きました。私のホームページのコピー関宮町氷の山國際スキー場。再開発を促進し支援する会
詳しくは下記ページクリックしてください。氷の山国際スキー場の経営を考えるページ
「合併していなければ」と声が急速に高まっています。が、死んだ子の年を数えるようなものです。が、「関ノ宮町の皆さん、結束しましょう。」の声が急速に高まっています。行政と議会に要求しましょう。日本は有史以来の危機に落ち込んでいます。が、関ノ宮町も建設以来の危機に陥っています。関宮町には17億円の地方交付税が入っています。関ノ宮町の観光事業と吉井バイパスの道路開発、地元関ノ宮町住民の福祉に養父市の予算を投入することを叫ぶ議会議員を出しましょう。と、多くの声が聞こえてきます。
我田引水。地元のことを叫ばない議員は要りません。との声が大きく聞こえてきます。議会議員選出の調整をしましょう。と、大きな声が聞こえます。関宮町議会議員OB会の皆さんの声です。


氷の山。鉢伏頂上より撮影。3月20日 もうすぐ咲きます。熊次小学校の桜
氷の山、鉢伏せスキー場開発の歴史について、詳しくは私の著書「しらにしの吹く頃」参照。
戦前、戦後何時の頃からか氷の山ツアースキーからスキー場にリフトを架けて滑るゲレンデスキー場が発生していった。村々にスキー場が造成されてゆきました。
冬は雪が降ります。昔から出稼ぎしていた但馬地方に雪を利用した施設を造ろう。と長年の間に地元の友人たちとの共同作戦でスキー場は造られました。私の丹戸の友人はみんな鉢高原に民宿を建てに上がりました。が私は奈良尾村、鉢高原に上がる土地がないので下の村で営業しています。
鉢高原スキー場の誕生と民宿の発展。
出稼ぎからの開放を求めて私たちは立ち上がりました。 草谷山荘の誕生、昭和30ごろには丹戸、大久保にも民宿が発生していました。
大阪堺の資本、開発観光を誘致、リフトは鉢高原を目指して造成されました。折からのスキーブームにのりスキー場は一気に発展しました。
詳しくは私の著書「しらにしの吹く頃」参照。昭和48年鉢頂上でハチ北スキー場と連携しました。「横角」といわれる鉢高原に丹戸、大久保の民宿が多くの宿を建てに上ってゆきましたが、昔からの下の村で営業している民宿と、高原に上がって家を建てた人たちと紛争が起こりました。当時、合併して出来た関ノ宮町の町長、和田幹夫の妹婿は「万久里村」関宮農協組合長をしていました。経済紛争は関ノ宮町全土を巻き込みました。鉢高原に上った民宿は宿の仕入れを農協との取引を始めました。その取引停止せよと迫りました。が、儲かる仕事の仕入れ事業に農協は精力的に供給してゆきました。
下の民宿、大久保、福定、奈良尾、丹戸、梨が原、草出の民宿が結束して「関宮農協の預金引き出し」と農協からの取引停止闘争を始めました。色々な紛争に頭を悩ました
関宮町長は氷の山國際スキー場の創設を決意しました。和田幹夫町長当選、誕生の翌年、私も地元の推薦で関ノ宮町議会議員に立候補しました。
私が議会に出た頃は観光事業にたいする風当たりは関ノ宮町全土に相当ありましたが、熊次地方のスキー場の経済紛争の現状打開のため、関ノ宮町議会全員の賛成で氷の山國際スキー場予算10億円。可決しました。奈良尾、福定村は八木川から氷の山にかけて、個人営業の商売施設は作らないことを合意しました。リフト、食堂も村と関ノ宮町の経営です。従って今回の民間委託は地元以外の人には営業させることは合意事項の法律違反です。養父市か、地元の村以外の営業は出来ません。私は明治以前からの自分の土地、2ヘクタールをすべて村に提供、村は関ノ宮町のスキー場に無償で用地提供しました。福定、奈良尾村の全用地を無償提供しました。明治以後の農地革命以上の改革に、関ノ宮町全議員は感動して「予算10億円」賛成しました。
氷の山。奈良尾村の産業と歴史
氷の山国際スキー場の誕生
今、氷の山國際スキー場は管理委託の問題が浮上しているようです。又、個人所有地の土地代が高いと問題にされているようです。それらの問題を提起する前に解決しなければならない用地保障費について書いておきます。私は隠居の藤原文男です。私が何故、奈良尾、福定基点基地にこだわるのか?養父市有土地でも(縁故使用地)無償で用地提供した契約の土地だからです。
明治政府の創立と法律の整備
明治十二年祖父が家を継ぎ独立した頃は日本の土地の登記も無く、明治政府の基盤が未だ確立していなかった。 当時の土地は旧慣に基づく土地使用権、入会権の土地であり、開墾しただけ自分の土地として耕作権が永代に認められていた。その頃漸く農民に農作物を自分の希望する作物を自由に作らせる制度が出来た、また土地や田畑の永代売買の禁を解いた、地租改正、財政制度の整備、封建的諸拘束の撤廃など急速に改革が行なわれた時代だった。 帝国憲法が明治二十二年制定された、戸籍簿の作成と登記などこの頃確定している、 百姓は百年の歳月の土台がないと成り立つ仕事ではない、
旧慣に基ずく縁故使用地について、明治憲法や土地登記法が確立される以前から耕作されていた土地。
永代耕作権。土地は熊次村に登記されましたが奈良尾村の土地です。が、内容的には明治以前からの地権者、永代耕作権者にその土地の権利があります。スキー場造成のために無償で提供しましたが、永代耕作権は私藤原文男に権利があります。詳しくは(地方自治法最高裁、判例参照)。また、それ以外の土地は奈良尾村、福定村の人たちにも権利があります。村名義であっても個人の永代耕作権があります。
わたくしは今何故この問題を提起するのか? 戦後すぐの農地改革の折、ハチ高原の土地、丹戸、などの村名義の土地が当時の耕作者に農地解放令で耕作者に登記されました。個人に名義が移りますと外部の人に売り、ハチ高原のど真ん中に大阪や都市の人に地権が移りました。また土地は相続で売買されてゆきました。奈良尾村、福定村の土地は(数十ヘクタール)当時農地解放せずに、耕作者は永代耕作権のまま耕作を続けていました。私たちは氷の山国際スキー場創設のさい耕作している土地を夫々無償で村に提供、村は関宮町に無償で提供され現在に至っています。 私の土地はスキー場に2町歩くらいあります、岐柳、わさびを作っていました。(スキー場以外全部で2ヘクタール)永代耕作権の確立した土地であることを明記しておきます。このことをご存知でしょうか?
氷の山国際スキー場が出来たとき、私の家は祖父が独立してから百三十年を経過していた。 祖父と父が汗と油で開墾した土地、生活の基盤の土地を国際スキー場造成の為無償で提供した。「柳とわさび畑を全部出した」私は父に告げた。ギロリと剥いた父の目は怒っていた。 父が死ぬ前の年だった。「いわなければ良かった。」その目は怒っていた。「わりやあー、うららが、100年かかって造った土地を捨てたな。」無言の目があった。あれだけ元気だった父が、がっくりしていた。
土地を全部、無償で提供しスキー場は完成した。私は農民としての生活の基盤を失った。戦いは背水の陣であった。今スキー場は赤字経営にあえいでいる。スキー場を造成したことが良かったのか失敗であったのか、それは今後の歴史が決めるだろう。 私が関宮町議会に立候補したのは、父が逝った明くる年、昭和56年私が51歳の時だった。今年平成23年、81歳を迎える。
今、スキー場に全く関係ない土地の権利ある家が村の半数を超えています。
養父市が用地保障費の問題を提起すれば、「寝た子を起こす」「30年間無償提供」の土地代を保障せよとなります。
奈良尾字要山の大清水は藤原の家で明治以前から開墾し作られていた、氷の山から岩や土にしみ込み地下に浸透した水がこんこんと湧き出している、水の出る土地は沃く肥えている土地である。山毛欅(ぶな)や紅葉の落葉樹が長年にわたり流れてきた氷の山の土は作物が良くできた。
氷の山の奈良尾村の縁故使用地として土地は熊次村名義に登記され、日本国憲法や地方自治法が確立される以前。土地所有が確定される以前に祖父達は土地の開墾を完成していた。{旧慣に基ずく縁故使用地)
その頃法律の知識に詳しい人達は自分名義に登記した。登記すれば税金がいる。無知な農民は税金を払わず耕作できる村名義の登記方法を選んだ。学問のある法律知識に詳しい人達は自分名義に多くの土地を登記した。柳ごうりの原料杞柳は、北向きの土地の氷の山の畑には、しなやかな柳の生産に絶好の特産地として但馬豊岡商人に好まれた。
氷の山国際スキー場。30年前、棚田を全部つぶしてスキー場は完成しました。が、田んぼを潰す事は先祖に申し訳ないと思っています。それだけにスキー場は何物にも変えがたい村の命です。数十ヘクタールの用地を無償で提供しています。 スキー場を廃止せよとか言う議会議員や行政改革委員会委員長などとはその人を相手に、私は実名を挙げて、あらゆる情報機関と映像発信で訴えて行きます。廃止せよと言う人とは私藤原文男が法的に闘います。関ノ宮町は合併の条件です。当時の関宮町長和田幹夫との合意事項だからです。注{ハチ、ハチ北の用地保障費は部落有地もすべて支払われています}関ノ宮町と合併した養父市がある限り廃止することは出来ません。
未曾有の国難。 勝ち抜きましよう勝つまでは。一億一心。挙国一致。政治政争はやめましょう。先ず政府、治自体に協力しましよう。自分の政党の党利党略の政治家は排除しましょう。日本国民団結することです。逆境に負けず、耐え忍ぶことです。困っている被災者の救済に、文句を言わずに協力しましよう。関宮町議会OB会。