| 2000.11.26(日) 多忙だった11月・いよいよ師走 |
今月は、議会用務や、第22回党大会を成功させるための諸取り組みに追われまくって、ホームページの更新もままならなかった。
99年度決算の審査に4日半。綾部幼稚園100周年記念や、松寿苑の高齢者支援センターの竣工式などにも出席。市民セミナーや教育関係の講演会も3つも立て続けにあった。
一方、党大会を迎えるに当たって、支部総会、、地区党会議、府党会議とあり、新聞赤旗のおすすめや入党のよびかけの行動に走る。街頭での宣伝も週2回、議員団で続けている。
国会での内閣不信任の動き、”泰山鳴動ネズミ1ぴき”にもならないお騒がせだった。
党大会の開会日に不信任提出とまさに歴史が動かんとする絶妙のタイミングといえたが、しょせんは、にっちもさっちもいかなくなった自民党の醜態をさらし、早晩崩れていくことを予言しているような出来事だった。
12月議会を迎える。第4次綾部市総合計画の審議も行われる。
また、頭をかきむしるような日々になりそう。 |
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・次の議会までにやっておかなければならないこと
いつもこんな気持で・・・・ 2000.11.16
週間おげんきですか わたなべようこです
No159 コラムより
今頃は、1年がすぎる早さに気がついて驚く時期ですね。市議会もこの間、9月議会が終わっ
たと思ったらもうじき12月議会です▼何とか次の議会前に、議会報告を皆さんのところにお
届けすること、このことを目標にしてきました。どうしても作れなかった時をのぞいて、今回
で通算55号になりました▼このほど、担当地域、約2500戸全戸に配布完了しました。も
ちろん、後援会のかたたちの協力も得ています。西八田の渕垣、中筋、岡安等で最後になり
ました。自転車を車に積んでいって、ほろほろとあぜ道を自転車をこいで・・・。今までのよう
に歩いて一軒一軒より、効率よく、身体も楽でした▼お天気の日は快適。庭先の柿の木に鈴
なりの柿。「若いもんは京都に出ていて食べきれないから、たべとくれ」といただいたり、「胸に
つまっていることがある」と思わぬ悩みをうち明けられたり・・・。「共産党さんはいろいろ
いってくれるのでありがたい。ほんまにこの通りになったらいいんやけどなあ」とおっしゃる
かた。最近まで入院しとったんやと言われる方にも何人かお出会いしました▼最初の頃は、
気恥ずかしく、声もかけられませんでしたが、こうして積み重ねてくると、皆さんの暮らしの息
づかいにもふれ、とってもいいものです。【余録】ふと見上げて気づいた農家の屋根の家紋の
美しさ。思わず、カメラに納め一〇数枚になりました。写真はホームページに「丹波の民家」
として張り付けました。しんどいけど、楽しみもみつけてがんばってます。
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21世紀に値打ちが出てくる?
第22回日本共産党大会議案
2000.11.4
ちょうどオリンピックのさなか、今月20日から開かれる日本共産党の党大会議案のことが、オリンピックの記事をさしおいて新聞のトップ記事になりました。
ご記憶の方も多いと思います。
今、党内ではこの大会に向けて、支部総会や地区の党会議で、議案の内容について、疑問を出し合ったり、意見を交換したりして、検討を重ねています。
議案の前段には、20世紀というのはどんな時代だったのか、そして、最後の90年代はどんな時代だったのかということに大きなスペースがさかれています。
70有余年になる日本共産党の歴史についてもふれられています。非合法の時代から、、90年代の終わりには日本の政治において日本共産党をぬきにしては語れなくなってきたこと、日本共産党も含めた政権も展望できるようになったこと、政治は変わらないんじゃないのと言う思いを吹き払ってくれるような気がします。
また、「前衛党」の削除や、日本国民の党と加えたこと、自衛隊のことなど議論の多いところですが、大いに内外の意見を取り入れて、21世紀に課せられた役割を発揮していけたらと思います。
皆さんのお宅を訪問してお話ししていても今の政治への怒りと、日本共産党への期待の声が必ずきかれます。こうしたお声を励みに、私自身の内なる決意もあらためて、じわーっとふくらんでいます。
なお、大会議案や、党内の意見をのせた特集版を読んでみたいという方はご一報下さい。お届けします。 |
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| 2000.10.23(月) ”ごみ環境問題”ではしご・・・ |
昨日は、環境問題の催しが重なった。午前中は新婦人で「ドイツのごみ事情・私達にできること」、昨年新婦人のツアーで、ドイツを視察した新婦人の会・府本部委員・三上良子さんから、そのときのスライドを見せていただきながら、徹底したドイツの取り組みを紹介してもらった。
20万都市のフライブルグやボンなどをまわってこられた。
ドイツらしい合理的なやり方である。
国中で黄色、緑、茶色とごみの分別の袋もごみボックス、コンテナも色を統一しているそうである。
飲料用のビンは回収して再使用、70回は使うそうである。ビンの種類は2種類だけ。牛乳もジュースも、ビールも同じ。自販機もあるが、家庭からコップを持っていくか、あるいは、自販機についているコップを使ったら、戻して自動的に洗浄し、また次の人が使えるような仕組みになっているという。
野菜もお肉も自分が好きなだけはかりの上にシートをおいてはかって買う。その場でレシートが出てくるそうである。野菜はトレイもラップもない。基本的に家にごみを持ち帰らないよう、レシートの紙も入り口にボックスが置いてあって不要ならそこに入れて帰る。
もちろん買い物袋を持参する。
自治体は、ごみを収集し、ごみ処理会社(DSD社)に運ぶ。企業は、容器包装の方法によってその処理費用を拠出するのだそうである。つまりごみを出す方が処理費用を出さなければならないので、必然的に簡易包装になるという。燃やすのは最小限の物だけ。容器包装はすべてリサイクルに。だから日本に1800本もある焼却場の煙突がドイツには47本しかないという。人口120万のケルンで焼却場はたった1カ所。
焼却施設はフィルターを5回通るようになっている。焼却炉一つ作るのにその総額の3分の1をフィルター設置に使うのだそうである。
ダイオキシンはじめいろんな有害物質を除去する方策が徹底している。
生ゴミの堆肥化も、残飯には調味料など入っていて化学反応起こすので、もやすごみに入れ、堆肥化するのは野菜くずや落ち葉類だけだそうである。そのほかにも感心してため息の出るようなことがたくさんあった。
午後からは、今年発足した環境市民会議のシンポジウムと講演。
講師は同志社大の郡嶌(ぐんじま)孝氏。
この先生のお話も、ドイツから始まった。
10年前に訪独。ようやく日本が大量生産・大量消費を反省してリサイクル社会を目指そうという時期。ドイツはすでに、リサイクル(再生)ではだめ、リユース(再使用)とリデュース(減量)、つまり1Rから3Rへと『循環型社会』を目指していた。
日本では、ようやく今年、総選挙前の国会で「循環型社会形成推進基本法」が成立し緒に着いたところ。
つまり、今までは「後始末」をしていたが、これからは「始末」をしましょうと言うことだといわれた。
前段のドイツの実際をリアルに聞いていたので、一層よく理解できた。
日本の法律は、企業責任という点が弱いと言われている。ドイツの話を聞くとまったくその通りと思う。
ごみの排出責任と、ごみを作らない、売らない、もとから断つことをもっと徹底させなければならないと思う。
後半は、5人のパネラーによるシンポジウム。
赤尾寛子さんの「情報も多いし、意識も持っているけれど、なかなか実践がついていかないごみ問題、環境問題・・・」ということが多くの人の共感になったのか、そこをどう克服するかと言うことで盛り上がった。
結論、市民の意識を喚起する方法として、助言者の提言で「エコマネー」の取り組みはどうかと言うことになった。宝塚市や草津市でやっているそうである。ウーン。どうかな?お金がかかるわけでなし、いいのかな?
いろんな行事も多く参加者数がいまひとつだったと言ったら、私の知り合いは、「そりゃみんな無関心なんや、ごみの分別するだけでかなんと思っている人が多いんだから・・・・」との弁。
環境市民会議の会長さんは、まず市民啓発をとまとめておられた。
(啓発と言う言葉、わたしもつい使ってしまうんやけど、あんまり好きでないな。学習とでも言ったらいいかな。上からやられるんじゃなくて、自主的にという意味を持たせて) |
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わおーん!と叫びたい日々
2000.9.27
議会が始まり一般質問が終わった。今年の夏は猛暑でどなたも身体がしんどかったと思う。私も例外でなく、もうどうにかなっちゃうのではないかと思った▼こんな状態で毎度のことながら、今回はとりわけ質問準備がつらかった。最後の文章をまとめるのに、なかなか取りかかれず、やっとパソコンに向かって進みかけたと思ったら、台所でこげくさーいにおい。あーあ、せっかく柔らかくておいしいよと魚屋さんにお墨付きをもらったニシンが真っ黒のスミになっていた▼次の日の朝は、早朝宣伝に山家へ行くはずを気がついたときにはもう8時半。井上議員が待ってくれていたのに・・「すんませーん」と電話▼今日は質問も終わって、るんるんのはずなのに、あの質問はあれでよかったのかな、もっとこうすればなどと頭の中で瞑想していて、買い物をして帰ってきたら、ん?・何かたりない。ああ、トイレットペーパーを買ったのにおきわすれてしまっていた・・・とスーパーへ舞い戻る。若いアルバイトのレジさんがにやにや▼議員の裏話です・・(少々のことでは驚かない夫もさすがにあきれ顔・・・・)
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男女共同参画のことなど・・・
最近、綾部小学校の保護者のお母さんからお便りをいただいた▼「ふと感じたこと・・・1学期の綾小の地域懇談会で恒例の人権学習がありました。先入観で男の仕事、女の仕事と決めつけてはいけないという事例がプリントにありました。その矢先小学校が配った給食のプリントの中に食事について『お母さんよろしく』と書かれていました。▼市勢要覧をいただきました。その中で放課後学級のことも載っており。たいへん嬉しい思いをしましたが、そのコメントが『働くお母さんも安心』せめて『共働きの家庭も安心』とくらい書いてほしかった。▼言葉尻をつかまえて細かいことを言っているようですが、社会をリードしていく行政なり学校には重要なポイントだとおもうのです。どこを切っても金太郎アメみたいに『人権』が顔を出さないとと思うのです」・・・▼9月4日付京都新聞に小さな記事だったが、「『女性の社会参加』などについて話し合う女性副知事サミットが青森市で開かれ、青森、神奈川、静岡、愛媛、山口、福岡各県女性副知事や市民が参加。10月に男女共同参画推進条例を施行する山口県の大泉博子副知事は『家庭で子育てをしている女性をさげすむな、などの理由で条例に反対する声もあるが、共同参画社会はどんな生き方をしている女性も尊重するもの』と訴えた」と出ていた。先日綾部で講演された静岡県副知事の北井久美子さんも参加されているようだ。▼少しづつ社会も変わってきているがまだまだ努力がいる。職場の女性のお茶くみが意識にのぼって久しいが、最近は女性議員のお茶くみが話題になっている。これも女性の社会参加が進んだことによる。女性議員のいないところでは問題にならないわけだから。すこうしづつ一歩一歩前進ですね。ちくちくと痛いところをつくと言われそうだが、男女の共同参画の意識があたりまえのこととなるよう、私も粘り強く理解を得る努力をしていきたい。
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| 2000年9月1日 豊里小学校・竣工式に参加 |
今日は9月1日。長い夏休みが終わって新学期を迎える。
市内豊里小学校では、新校舎の開校式・竣工式が行われた。
私は、市議会文教厚生委員長として最後の仕事、招かれて出席をした。(議会の役員は九月に改選)
一番気になっていたのは、式の冒頭に君が代斉唱とかないやろなということ。
プログラムを真っ先に見てホット一安心。
その代わり、校旗と並んで日の丸は正面に貼られている。
そういえば、公共施設の竣工式には君が代はなかったと思い起こす。つい、学校行事と聞くと君が代と反応してしまう。
ところで、画像で紹介してあるとおり、総工費17億円(国庫負担5億円)かけた校舎は、市内でも最もお金のかかった学校であろう。
片山議長が挨拶の中で言われていた「とんがり帽子の赤い屋根、鐘が鳴りますキンコンカン・・・」と懐かしいような時計台がある。
廊下は多目的スペースといって広い空間。300人入れるランチルーム。
パソコン教室、家庭科室、音楽室、250人あまりの児童にとって、たっぷりの空間である。
行政の担当に言わせると、順番だから仕方がないということだが、未だ、老朽化した校舎で学んでいる子ども達とは、ずいぶんな格差である。
昨年,党議員団で市内の学校を見てまわり、教育委員会も十分承知で、多少手は加えているのだが、大変な状況の学校が残されている。
つい、我が子の学んだそして、一番規模の大きい綾部小学校を思ってしまう。また、3上林の小学校のことも。
豊里小は、昨年豊里西小と東小が統合された。
上林についても、統合すれば、こんないい学校を作りますよと言う無言のプレッシャーを感じる。
昨日、廃校になった豊西地区の校下にたまたま行く機会があった。ある家を探してついに小畑の一番奥であろうところまで行ってしまったが、何と奥深いことか。ここから子ども達が、新小学校へ通う道のりを思った。残念ながら距離を計測するのを忘れていたの で、キロ数はわからない。でも、生活圏を離れてこんな遠くまで学校に通わなくてはならないのは、子どもにとって本当にいいことなんだろうかと思う。スクールバスがあるからというが、道草しながら学校へという心身を鍛える機会もなくなる。一定の規模を維持することの必要もわかるが・・・
それにこれで過疎化に歯止めがかかるだろうか。
ともあれ、地元の方々は合意をされたということになっている。
もうひとつは、「明るく元気の出る豊里小学校を応援する会」という地元組織が作られ、校下の全戸に会への加入が呼びかけられた。
学校備品の整備の寄付のためということは誰が見ても明らか。緞帳ほか80品目の寄贈として会の会長か
ら市長宛に贈呈が行われた。
聞くところによると、予定の金額が集まらず、対策がねられているとか。
一昨年は、八田中学校で、1750万円あまりを寄付で集め、地元からも相当批判があり、今回は
を変えたようだ。
市教委は寄付をお願いしたものではないとかわすのだが、地元意識を逆手に取ったやり方といえる。
「今朝学校に来るとき、新しい校舎で勉強できると思うと、胸がどきどきした」という子ども達の代表の挨拶や土田校長の挨拶、ちょうど60年前に旧校舎が建ったとき、子どもたちの1人が、「新しい新校舎」と作文 に書いたが、先生は子どもの喜びを感じてあえてそれを直さなかったというエピソードーが心に残った。
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