日本酒の製造工程

 日本酒はお米を発酵させて造られる醸造酒です。発酵とは酵母が糖分を食べてアルコールを出すことです。しかし、お米には糖分はありませんからそのままでは発酵しません。そのため、お米にいろいろ手を加えて糖分を作り出してゆくのです。ただし、その過程は複雑でなかなか理解しにくいものです。酒造りが始まりましたらその様子もリポートしたいと思っていますが、その下準備としてまず製造工程を頭の片隅に置いていただけたら、と思います。
 まず、全体をとらえるために、原料米がどのように変化して行くかを見てみましょう。
 ①白米を蒸して「蒸米」(むしまい)になる。
 ②蒸米は麹菌と混ざり合い「麹」(こうじ)になる。
 ③タンクの中で麹に蒸米、水、酵母を加えると「酛(もと)」(酒母)となる。
 ④酛に蒸米と麹、水を3回にわけて加え「醪」(もろみ)となる。
 ⑤醪を搾り「清酒」が出来上がる。

 図にしてみると・・・

 このようになります。
 私は最初なんのことやらさっぱり解りませんでした。その経験を踏まえ、少しでもわかりやすく、この図を参考にしながら上記の5つの作業をご説明いたします。
 

精米

蒸し

←製麹

①蒸米をつくる
玄米を精米してできた白米をまず「洗米」(お米を洗う)「浸漬」(洗ったお米を水に浸す)という作業をします。洗米で重要なのは糠を残さないこと。せっかくの高精白のお米が無駄になってしまいます。浸漬はお米の種類・精米歩合によって時間が異なりますから、その見極めが重要です。
そして蒸しに進みます。酒になる米を蒸すのには3つの目的があります。1つ目は米の中のデンプンをアルファ化し、麹菌が入りやすくするため。2つ目は消化分解を進みやすくするため。3つ目は米を殺菌するためです。
蒸しには「甑」(こしき)と呼ばれる大型のせいろが使われます。蒸しあがったお米は「放冷機」と呼ばれるファンの付いた機械で熱と蒸気を飛ばしてから麹や掛米となります。

②麹を造る
「一麹・二酛・三造り」昔から酒造りにおいてこのような言葉が伝えられています。これは「良い酒を造るには、良い麹を造ることが一番」という意味です。麹とは、黄麹菌というカビの一種を蒸米に繁殖させたものです。もともと糖分のない米に側面から働きかけ、アルコールを生み出していく並行複発酵(後に説明します)の影の主役です。
麹を造る目的はいくつかあります。まず、蒸米のデンプンを分解させるため、麹に含まれるアミラーゼやプロテアーゼといった酵素を利用します。また、発酵を盛んにさせるため、酵母にビタミンなどの栄養分を与えます。さらに、発酵の途中で生産される副産物・糖分、アミノ酸、色素、芳香などは、酒そのものの風味を形づくっていきます。
このように重要な役割をする麹は、常に高温に保たれた専用の密室「麹室」(こうじむろ)でおよそ2~3日間をかけて丁寧に造られていきます。
 

掛米

③酛を造る
酛とは水と麹と蒸米を混ぜたものに酵母を加えて培養した「酒のもと」です。別名を酒母と言います。酒母を造る目的は、雑菌に汚染されない優良な酵母を培養することです。
 現在は「速醸系酛」と呼ばれる、酒母に醸造乳酸を加えた酛が主流となっています。これは長くても15日位で酛ができるため、労力の軽減に役立ちます。反対に、生酛や山廃酛といった昔ながらの酛では天然の乳酸の発生を待つため、約1ヶ月という多くの時間と労力を使います。
 さて、速醸酛にせよ生酛にせよなぜ乳酸が必要になるのかと言いますと、乳酸が発生することで雑菌が入りにくくなり、酵母が純粋に培養できる環境を整えることができるからです。酵母のボディガードといったところでしょうか。このことが開発されたのは「バイオ」などという言葉のなかった江戸時代です。


④醪を仕込む
小さな酛タンクから大きな醪タンクに移された酒母はここでも「麹・水・蒸米」が加えられ醪となります。ここでの特徴は、一回で全量を仕込むのではなく、普通3回に分けて行ことです。それぞれ「初添(はつそえ)」・仲添(なかそえ)」・「留添(とめそえ)」と呼ばれています。3回に分ける理由は酵母が疲れないようにするためです。一度に大量の仕込をしてしまうと酵母などの微生物の活性が弱まり、空気中にある様々な雑菌に負けてしまい、腐ってしまう恐れがあるのです。酵母や乳酸を効率よく働かせるための日本酒独特の方法です。また、初添の翌日には「踊り」と呼ばれる中1日の休息日まであります。こうして4日間で醪の仕込みは終了し、アルコールの発生を待ちます。
「並行複発酵」について
日本酒はビールやワインと同じ醸造酒です。しかしながらその造り方はとても変わっています。なぜなら、そもそも米には糖分が存在しないからです。それが日本酒の製造過程をわかりにくくしている理由のひとつとなっています。
下の図で説明しますと、ワインは「単行発酵」と呼ばれ、原料のブドウの中に豊富な糖分があるため、複雑な工程を経なくても発酵が進みます。
 ビールは「単行複発酵」と呼ばれ、原料の大麦に麦芽を加え麦芽糖に変えて(糖化槽)、発酵に移行(発酵槽)させるためタンクは2つ必要となります。
 日本酒の場合は米のデンプンを麹によって糖に変え(糖化)ながら、酵母がアルコールを生む(発酵)が同時に、1つのタンクで行われます。これが、世界でも稀な日本酒ならではの「並行複発酵」と呼ばれる醸造法です。また、1回の発酵で20%近くまでアルコールを生むのも日本酒だけです。

ワイン

ビール

日本酒

⑤清酒の出来上がり
20日ほどかけて発酵を終えた醪は酒と酒粕に分けられます。これを「上槽(じょうそう)」と呼び、醪を自動圧搾機に送って搾りあがるのを待つのが一般的ですが、大吟醸などの特別な酒は「袋つり」と呼ばれる搾り方をします。これは酒袋に醪を入れ、自然に酒が落ちてくるのを待つやり方です。
搾られたお酒は濾過され、生酒はそのまま冷蔵庫へ、それ以外は「火入れ」と呼ばれる過熱殺菌され貯蔵されます。これは1800年代半ばにパスツールが発見した殺菌法ですが、じつは日本酒の世界ではすでに室町時代(1400年代)には行われていたという記録が残っています。
こうして出来上がったお酒が皆様のお手元に届く、というわけです。
以上で大まかな工程を説明させていただきましたが、まだまだ分かりずらいかと思います。この続きは実際の作業を見ながら・・・。ということで皆様のお越しをお待ち申し上げます。

参考文献
 「知識ゼロからの 日本酒入門」尾瀬あきら 著
  (「夏子の酒」もそうですが尾瀬さんの本はわかりやすくてお勧めです。)

洗米

浸漬

麹室の内部。通常30℃に保たれていますので、真冬でもTシャツ1枚で仕事をします。

蒸米中の甑。もうもうと上がる蒸気は酒造りの中での1つのシンボルです。

米の量が少ない時や吟醸酒などの仕込みは放冷機を使わず手で蒸米を冷まします。この時の手の熱いことといったら!

酵母が盛んに繁殖し始めた酒母。

3日目の酒母。米の溶解・糖化を促すために熱湯を入れた「暖気樽」を入れています。

出来上がった麹。口に含んでみるとかなり甘味があります。

隣の室。製麹の後半に使われます。

醪の仕込み

この中で、盛んに糖化と発酵が行われます。

お酒のできあがり。搾ったばかりのお酒は炭酸ガスがまだ残っており、シャンパンのようです。

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