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【ア】

◎愛別離苦(あいべつりく)
 →四苦八苦(しくはっく)参照
 愛する者と別れなければならない苦。
◎悪口(あっこう)
 →十悪(じゅうあく)参照
 悪口(わるぐち)。十悪の一つ。
◎悪人正機(あくにんしょうき)

 「善人なおもって往生をとぐ。いわんや悪人をや」
 (善人でさえ救われるのだから、悪人はいうまでもない。)

 この言葉は弟子によって記録された語録 「歎異抄」にありますが、
 今日親鸞を表現する代名詞にもなっています。阿弥陀如来の本願は、
 悪人こそめあてであるという真宗の教えの根本です。

 ただし、ここでいう悪人とは、法律や道徳に反する非道の人の意味ではありません。
 ここでいう悪人とは、末法の時代において往生浄土のために、何ひとつ善根を積む
 ことができない凡夫、つまりこの私のことです。貪欲(欲望)・瞋恚(怒り)・愚痴の三毒の煩 悩いっぱいの私たちは一つ間違えば大罪人と同じ行為をいたしかねません。

 人が本来罪深いものであるという内省のうえに、極重悪人とは自分のことであると
 親鸞聖人は述懐されているのです。そして、そんな私たちこそが、阿弥陀仏の救いの
 目当てであるということが悪人正機ということです。

 

【イ】
●因果の道理  「善因善果 悪因悪果 自因自果」
 良いことをすれば良い結果が返ってくる、悪いことをすれば悪い結果が
 返ってくる。自分がしたことは自分に返ってくるということ。

【ウ】

 

【エ】
●回向(えこう)

 阿弥陀如来が、ご自身の修行の結果得た果報(幸せ)を私たちに与えて、
 私たちを幸せに導いてくださることを回向といい、廻向とも書きます。

 世間一般には、追善回向の用語のように、一般に自己の積んだ善根功徳を
 他に与えることを差しますが、浄土真宗では阿弥陀仏がその徳を私たちに
 振り向けて救済の手をさしのべることをいい、これを本願力回向、他力回向、
 発願回向といいます。

 また、浄土真宗では、浄土往生してさとりをひらくという往相回向と
 浄土往生の後に再びこの世(穢土)に還って衆生救済のはたらきをあらわす
 という還相回向の二種の回向を説き、これらの二種の回向も阿弥陀仏の本願力回向
  によるものであるとします。

 

【オ】
●往生(おうじょう)  仏の国(阿弥陀如来の浄土)に生まれさせていただくことを、往生といいます。
 お念仏もろとも、往生浄土の道を歩ませていただきましょう。
●お釈迦様(おしゃかさま)  インドに生まれられる。29才で王位を捨てて出家され、35歳で仏の覚りを
 開かれる。釈迦如来、あるいは、尊んで釈尊と呼ばれる。
●怨憎会苦(おんぞうえく)
 →四苦八苦(しくはっく)参照
 怨み憎む人と出会わなければならない苦。

【カ】

 

【キ】
●帰敬式(ききょうしき)

 仏教徒・門徒(信徒)としての思いを新たに、阿弥陀さま、お釈迦さまを敬い、
 帰依するという意味の儀式です。この時、かたちだけで実際に剃りはしませんが、
 頭にかみそりを三回当てて「仏・法・僧」の三宝(さんぼう)に帰依することを誓います。

 そこで、この儀式のことを「おかみそり」ともいいます。
 (仏・法・僧→仏さま・教え・共に仏さまの教えをいただく仲間・信者という意味)

●綺語(きご)
 →十悪(じゅうあく)参照
 飾り立てた言葉。おべんちゃら。十悪の一つ。

 

【ク】
●愚痴(ぐち)
 →十悪(じゅうあく)参照
 恨み、妬み、そねみ。因果の道理のわからない心。十悪の一つ。
●求不得苦(ぐふとくく)
 →四苦八苦(しくはっく)参照
 求めても得られない故の苦、希望が達せられない事から起こる苦。

 

【ケ】
●源空上人(げんくうしょうにん)
 →七高僧(しちこうそう)参照
 七高僧の一人。日本に生まれる。法然上人。著書に「選択本願念仏集」
●源信僧都(げんしんそうず)
 →七高僧(しちこうそう)参照
 七高僧の一人。日本に生まれる。恵心僧都。著書に「往生要集」

 

【コ】
●五陰盛苦(ごおんじょうく)
 →四苦八苦(しくはっく)参照
 視覚、認識などの心理作用が盛んなるゆえに湧き起こる苦悩。
●御文章(ごぶんしょう)

 本願寺8代蓮如上人が門徒に書き与えた消息体の法語で、真宗のみ教えの要義や信仰の あり方をわかりやすく平易に説き、真宗の普及に果たした役割は大きい。
 現在でも勤行や説教・法話の後などに読まれている。

 本願寺派では「御文章」と呼び、大谷派では「御文」(おふみ)と呼ぶ。


 

【サ】
●三毒の煩悩(さんどくのぼんのう)  煩悩の中でも特に大きなもの三つ。貪欲・瞋恚・愚痴。

 

【シ】
●四苦八苦(しくはっく)

 「生、老、病、死」を四苦、
 「愛別離苦、怨憎会苦、求不得苦、五陰盛苦」の四苦を加えて、四苦八苦という。

 「愛別離苦(あいべつりく)」とは、愛する者と別れなければならない苦。
 「怨憎会苦(おんぞうえく)」とは、怨み憎む人と出会わなければならない苦。
 「求不得苦(ぐふとくく)」とは、求めても得られない故の苦。
 「五陰盛苦(ごおんじょうく)」とは、視覚、認識などの心理作用が盛んなるゆえに
 湧き起こる苦悩。

●七高僧(しちこうそう)  龍樹菩薩(りゅうじゅぼさつ)
 天親菩薩(てんじんぼさつ)
 曇鸞大師(どんらんだいし)
 導綽禅師(どうしゃくぜんじ)
 善導大師(ぜんどうだいし)
 源信僧都(げんしんそうず)
 源空上人(げんくうしょうにん)の七人の高僧のこと。
●邪淫(じゃいん)
 →十悪(じゅうあく)参照
 淫らな行ない。十悪の一つ。
●釈尊(しゃくそん)  お釈迦様の尊称。釈迦牟尼世尊の略。
●十悪(じゅうあく)  一般的な悪を十個まとめたもの。
 殺生(せっしょう)
 偸盗(ちゅうとう)
 邪淫(じゃいん)
 綺語(きご)
 両舌(りょうぜつ)
 悪口(あっこう)
 妄語(もうご)
 貪欲(とんよく)
 瞋恚(しんに)
 愚痴(ぐち)
●浄土三部経(じょうどさんぶきょう)

 親鸞聖人が最も大切にされた経典。

 仏説無量寿経(大経)
 仏説観無量寿経(観経)
 仏説阿弥陀経(小経)

 の3つの経典を浄土三部経といいます。浄土真宗の所依の経典は、この浄土三部経です。

●浄土真宗(じょうどしんしゅう)

 親鸞聖人が開かれた往生浄土の真実の教えを浄土真宗といい、浄土真宗は、私たちの宗派の
  正式の名称です。

 本願寺派には1万3000余の寺院があり、1000万人の門信徒がいます。浄土真宗の教えは、
  親鸞聖人の主著である「顕浄土真実教行証文類」に説かれてありますが、ひとことで言うならば 「本願を信じ念仏もうさば仏になる」(歎異抄)ということができます。

 親鸞聖人が私たちにお教え下さった浄土真宗のみ教えは、
 「阿弥陀さまのご本願を信じ、お念仏もうして、仏になる」というお念仏のみ教えです。

●正定聚(しょうじょうじゅ)  まさしく仏となることが定まる人々の意味で、阿弥陀如来の救済、はたらきを
 知り、必ず仏の国(浄土)に生まれさせていただくとの信心が定まった人びとの
 ことを正定聚といいます。
 浄土真宗では、仏説無量寿経の本願成就文にもとづき、他力の真実信心を
 決定(獲得)した者は、即時にこの世において正定聚の位に入り不退転に住すると
 説き、これを現生正定聚とも現生不退ともいいます。
●初参式(しょさんしき)

 子どもが生まれたことをご縁に、仏さまに手を合わせてお参りをし、「親子共々これからも
  仏さまの教えをいただき、うれしい時も、悲しい時も仏さまと一緒に生きてまいります」と
  心を新たにする法要です。

 家族そろって、みんなでお参りいたしましょう。

●真宗十派(しんしゅうじゅっぱ)

 現在、真宗には、

 浄土真宗本願寺派
 真宗大谷派
 真宗高田派
 真宗仏光寺派
 真宗興正派
 真宗木辺派
 真宗出雲路派
 真宗誠照寺派
 真宗三門徒派
 真宗山元派がある。

 親鸞聖人のお弟子たちがそれぞれの土地で御 同朋として育てられる中で、伝道方法などに
 特色を見せながら成立・発展したこれら十派は、現在は真宗教団連合を結成して、教学面など で互いに学びあいながら交流し、共にみ教えを伝えるために協力関係を作っている。

●正信偈(しょうしんげ)  「正信念仏偈」の略で、親鸞聖人の主著「顕浄土真実教行証文類(教行信証)」の行巻末にある
  7言120句の偈(うた)。浄土真宗の本義を端的に述べている内容であるので、本願寺第8代蓮如 上人は、これに和讃六首と念仏を加えて朝暮の日常勤行にすることを定め、以来日常勤行や
  仏事にもっとも多様されています。
●信心(しんじん)

 阿弥陀如来のお慈悲を素直に信じて、疑わない心を信心といいます。この信心は、阿弥陀如来 から与えられるもの(本願力回向)で、仏心そのものであります。

 浄土真宗の信心は、「必ずおまえを救うぞ」という阿弥陀如来の願いをそのままに、疑いなく
 いただくことであります。阿弥陀如来より与えられる信心が、我が身にいただけ私の信心と
 なるということには、私がつくるという自力の信ではなく、仏さまの願い(願行)がそのまま
 私の信心になるということです。

 親鸞聖人の書簡を収録した「末燈鈔」にも、「信心さだまるときに往生またさだまるなり」
 とあり、浄土往生の要因はこの信心こそが正因であるとします。

●瞋恚(しんに)→十悪(じゅうあく)参照  怒り。十悪の一つ。

【ス】

 

【セ】
●殺生(せっしょう)
 →十悪(じゅうあく)参照
 生き物を殺すこと。十悪の一つ。
●善知識(ぜんぢしき)

 正しい教えを説いて、正しい道(仏道)に入らしめる人のこと。
 阿弥陀仏をあてたよりにせよという道を知らせてくれた使いの人。

 ただし、領解文の「次第相承の善知識」とは歴代の宗主のこと。

●摂取不捨(せっしゅふしゃ)  おさめとって決して捨てることがないという意味で、
 阿弥陀如来の救いについて表現される用語です
●善導大師(ぜんどうだいし)
 →七高僧(しちこうそう)参照
 七高僧の一人。中国に生まれる。著作に「観無量寿経疏」。

 

【ソ】
●造悪無碍(ぞうあくむげ)  悪人正機の教えを誤って理解し、どんなに悪を造っても
 往生には障りがないという誤った信心のありかたをいいます。

 

【タ】
●本願力(他力)

 親鸞聖人の主著である「顕浄土真実教行証文類(教行信証)」行巻に、「他力というは 如来の本願力なり」とありますように、阿弥陀如来が私たちを救済するはたらき
(本願力)を他力といいます。

 決して、他人の力をあてにすることではありません。

 

【チ】
●偸盗(ちゅうとう)
 →十悪(じゅうあく)参照
 盗みを働くこと。十悪の一つ。

【ツ】

 

【テ】
●天親菩薩(てんじんぼさつ)
 →七高僧(しちこうそう)参照

 七高僧の一人。インドに生まれる。

 世親菩薩。著作は「浄土論」「唯識二十論」他多数で「千部の論主」と称される。

 

【ト】
●導綽禅師(どうしゃくぜんじ)
 →七高僧(しちこうそう)参照
 七高僧の一人。中国に生まれる。著作に「安楽集」
●曇鸞大師(どんらんだいし)
 →七高僧(しちこうそう)参照
 七高僧の一人。中国に生まれる。著作に「浄土論註」
●貪欲(とんよく)
 →十悪(じゅうあく)参照
 欲。三毒の煩悩の一つ。また十悪の一つ。

【ナ】

 

【ニ】
●入仏式(にゅうぶつしき)

 「入仏式」とは、お仏壇を購入し、ご本尊(阿弥陀如来・南無阿弥陀仏)をお迎えした時に お勤めする法要のことをいいます。

 何といっても浄土真宗は、お念仏を申しつつ、阿弥陀さまのご本願のお心をいただいて いく仏教ですから、亡くなられた人がいるとか、いないとかにかかわらず、ご本尊を
 お迎えして、心のよりどころを持たさせてもらいたいものです。


【ヌ】

 

【ネ】
●念仏(ねんぶつ)

 仏(阿弥陀如来)のみ名を称えることを称名念仏、略して念仏といいます。阿弥陀仏の 私たちを救わずにはおかないというお心そのままが「南無阿弥陀仏」の六字の名号に
 そなわっています。

 み仏のお慈悲につつまれて生き、み仏に救われて仏の国(浄土)に生まれることを喜び お念仏いたしましょう。

【ノ】

【ハ】

【ヒ】

【フ】

【ヘ】

 

【ホ】
●法名(ほうみょう)

 「帰敬式」を受式した時に、ご門主さま(本願寺のご住職)からいただきます。
 この法名は、仏教徒・門徒としての名前という意味で、「釈〇〇」というものです。

 法名は、みな二文字であり、「釈」の字はお釈迦さまということで、法名の前にこの
 「釈」の字を付けるという事は、お釈迦さまのお弟子になるということを意味します。

 法名は生前に受けましょう。年一度の念仏奉仕団で受け付けています。

●本願の三心(ほんがんのさんしん)  阿弥陀仏の第十八願の中の、至心・信楽・欲生我国の三つの心。
●凡夫(ぼんぶ)

 私たちのように普通の人間。聖者の逆で真理に暗く、欲望・我執などの煩悩いっぱいで 苦しみと悩みの世界にさまような人間をいう。親鸞聖人は「一念多念証文(一念多念文 意)」で、

  「凡夫というは無明煩悩われらが身にみちみちて、欲もおほく(多く)、いかり、
   はらだち、そねみ、ねたむこころおほく(多く)ひまなくして、臨終の一念に
   いたるまでとどまらず、きえず、たえずと水火二河のたとへ
  (二河白道のたとえ)にあらはれたり」

 と記し、自分自身が煩悩いっぱいの凡夫(煩悩具足の凡夫)と深く認識し、そのような 者を目当てにし、そのような者こそ必ず救うという阿弥陀如来への絶対的信仰を起こし ました。

●報謝(ほうしゃ)  報謝とは、報恩・感謝のことです。私たちは、み仏のご恩、親の恩、人々やすべての
 ものから受けるご恩を感謝し、そのご恩に報いる気持ちを忘れてはなりません。
●本願(ほんがん)

 善人(自分一人の力でこの世を渡っていけると思っている人)も悪人(そうでない人) も、一切の生きとし生けるものを救済して、仏の国(浄土)に生まれさせようという
 阿弥陀如来のお誓いのことを本願といいます。

 親鸞聖人は、阿弥陀さまがまだ法蔵菩薩として修行されていたときに立てられた四十八 の願いのうちで第十八番目の願いが、私たちのために立てられた真実の願い(本願)
  であるといただかれました。


 

【マ】
●弥陀(阿弥陀如来)(みだ)

 阿弥陀如来、阿弥陀仏を簡略にいった言葉です。

 阿弥陀仏とは、限りない光と限りないいのちをもった仏さまのことで、
 無量光仏とも無量寿仏とも、また不可思議光如来、盡十方無碍光如来ともいいます。

 この無量寿(限りない命)、無量光(限りない光)という無限のはたらき(慈悲と智慧)
 をもった阿弥陀さまは、一切の衆生、生きとし生けるものすべてを救う仏さまであり
  ます。

●名号(みょうごう)

 阿弥陀如来のお徳を名として表したものが名号で、親鸞聖人は、これを、

 六字(南無阿弥陀仏)
 十字(帰命尽十方無碍光如来)
 九字(南無不可思議光如来)

 などとお示しになりました。また、阿弥陀仏の本願のはたらきが具体的にことばと
 なって現れたものが名号でありますので、この名号にすべての徳と救済のはたらきが 施されています。


【ム】

【メ】

 

【モ】
●妄語(もうご)
 →十悪(じゅうあく)参照
 うそ。十悪の一つ。
●聞(聞即信)(もん)

 浄土真宗では、「聞即信」(阿弥陀仏の本願にいわれや南無阿弥陀仏の名号を称えること の意味を聞くことがそのまま信じること)として、ことに聞を重んじます。仏説無量寿 経の本願成就文に「その名号を聞きて信心歓喜す」とあるよに、名号のいわれを聞いた ときが信心をいただくときで、親鸞聖人はこの聞について顕浄土真実教行証文類
(教行信証)信巻に、

  聞というは、衆生、仏願の生起本末を聞きて疑心有ることなし、
  これを聞というなり

 とのべています。ただひたすらに阿弥陀さまのはからいに随順する絶対他力の信心を
  表すのが聞即信ということです。

【ヤ】

【ユ】

【ヨ】

【ラ】

 

【リ】
●龍樹菩薩(りゅうじゅぼさつ)
 →七高僧(しちこうそう)参照
 七高僧の一人。インドに生まれる。
 著書に「十住毘婆沙論」
●両舌(りょうぜつ)
 →十悪(じゅうあく)参照
 二枚舌。離間語。十悪の一つ。

【ル】

【レ】

 

【ロ】
●六道(ろくどう)  地獄・餓鬼・畜生・阿修羅・人・天上

 

【ワ】